日本倫理思想史―揺れながら読む本 第3冊その二 | 編集機関EditorialEngineの和風良哲的ネタ帖:ProScriptForEditorialWorks

倫理(ethics)と道徳(morality)の違いは、あいまい。とくに日本語ではいきなり「翻訳語」の問題に逢着する。


「義理と人情の板挾み」の「板挾み」には、倫理性を感じることができるが、


「義理と人情のどっちを選んだか」については、道徳の匂いがする、という程度にしか言えない。


その道徳、「ほんとのとこ、どうなのよ?」という疑義が生まれるときが「倫理学」の出発だろう。


和辻哲郎は『日本倫理思想史』――たぶん和辻は「倫理思想」という語を「道徳」とニアリーイコールに使っている。そのうえで、倫理/倫理思想/倫理学を明快に切り分けた。


さらには「道徳」を「道(みち)」と「徳(とく)」に分けることのできる、アジア・中国・日本の概念をあえて「あいまい」なまま生かしたのではないか。


それが証拠に――確証とはいえないが――戦後、昭和二十六年に書いた「序」では、「それぞれの時代は、その独特な社会構造の形成を縁として、それに即した倫理思想を生み出す」としている。


「縁」は仏教から来るアジア的概念だ。普通「契機」とでもすべきところを「縁」と書いている。

もちろん同時に本論で「契機」とするべきところではきっちり「契機」と書いている。


『日本倫理思想史』の「緒言」を読むだけでも、神話時代から明治時代に至るまでの日本の倫理思想をどのような手さばきで扱おうとしたのか、その≪方法≫がビシバシ伝わってくるのだが、


読者サービス?として和辻は、それが「誤解」を与えるかもしれないという恐れを承知のうえで、「6つの時代」の倫理思想を特徴付ける「標語」を緒言末尾に列記した。


第一の時代、晴明心の道徳。

第二の時代、人倫的国家の理想。

第三の時代、献身の道徳。

第四の時代、古代精神の復興。

第五の時代、高貴の道徳もしくは君子道徳。

第六の時代、東洋道徳と西洋道徳との統一。


そして、この第一から第六までの時代は、

全編の目次構成とぴったり重ねられている。


第一の時代→第一篇 神話伝説に現れたる倫理思想

第二の時代→第二篇 律令国家時代における倫理思想

第三の時代→第三篇 初期武家時代における倫理思想

第四の時代→第四篇 中期武家時代における倫理思想

第五の時代→第五篇 後期武家時代における倫理思想

第六の時代→第六篇 明治時代の倫理思想


(続く)