電子音楽 の記事を書いたあとすぐに気づいたのは、電子書籍というのは、要するに入れ物、容器、メディアのことしか言ってないという、身もふたもない話でした(笑)
たとえば、DVDにもCDROMにも、絵も文字も音も動画も入る。
これらの総称として実は電子出版はあるわけで。音楽も著作であって、出版だし、プログラムだってそうです。
リリース、という動詞が使えるものはすべてそう。で、書籍、本、雑誌について言えば、
記録媒体としての紙が、別のものになるというだけのことで、
それもサーバーというか、クラウドというか、そっちに置かれることになるというだけのことで。
紙と手と脳の問題が深層にはあるとして、その手前で、
電子音楽のような、音楽自体の変化を意味しないという、当たり前のことに気づいたというか、忘れていたというか。
ある意味、ばかばかしいほど空疎だったりするわけです。
何がって、黒船云々する以前に、すでに亡びかけているものが山のようにある、という事実。
歴史上の黒船は、文明開化の音をさせ、チョンマゲを捨てさせ、江戸までの数々の文化・しきたりまでまあ、滅亡させたといえる側面もあったわけで。
そういう点では、明治という時代を「構想」させたというに足るような「黒船」騒ぎは、どこにも起きていないわけで。
既得権益を守りたい、という話に過ぎない黒船論は、お呼びじゃないので。
もう一暴れも、ふた暴れもする必要がありそうです(爆)
そういう意味でも、新潮5月号の試みは、これからの電子出版の、いい意味の片鱗、兆しだよなあ、やっぱ。「構想」を感じさせるという意味で。
