19日(土)から20日(日)までの6本の連載は、現実、本、テレビという3つのメディアを合成したヴァーチャル日記でした。
緑の孤島1
http://ameblo.jp/editorial-engine/entry-10346588243.html
緑の孤島2
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緑の孤島3
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緑の孤島4
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緑の孤島5
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緑の孤島6
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きっかけは、グレゴリーベイトソンのこの本のタイトル。
- 精神の生態学/グレゴリー ベイトソン
- ¥6,825
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新幹線の喫煙デッキで読み耽っていたのは、
- 精神と自然―生きた世界の認識論/グレゴリー ベイトソン
- ¥2,100
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そして、ラストの「緑」にインスピレーションを与えてくれたのは画家・犬塚勉の作品を紹介するテレビの映像でした。
生態系は、科学の対象でもありますが、科学をもってしても、「これが全て」という全体的な知識や、その本質をつかむことはベイトソンが言うとおり、不可能です。
しかし、「記述」することはできます。
「現実」や「本質」は、描くという行為によってしか経験できないのかも知れない、ということを教えてくれた犬塚勉の絵画でした。
自分で撮った緑の写真、そのトリミングによる編集、テレビのなかの緑、車窓からこの目で見ているはずの緑。
「生態系」という言葉に始まり、自分の視覚と、映像と、映像の編集で、虚実皮膜を編集する、
「虚×虚=実」という実感を、意図せずして得た連続投稿でした。
現実というのは、編集的現実、EDITORIALITYです。


