五感写生昔ばなし ぶんぶく茶釜 ― ぶくぶくの音が消えたあと ― | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

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町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


むかし、むかし。
山あいの町に、古道具を売って暮らす男がおりました。
店には、誰かが使わなくなったものが並んでいました。
欠けた茶碗。
柄の取れた鍋。
錆びた火鉢。
どれも、もう役目を終えたものばかりです。
男は、それらを拾い、
磨き、
また誰かの手へ渡しておりました。
ある夕暮れ。
男が山道を歩いておりますと、
がさ。
と藪が鳴りました。
見ると、一匹の狸が罠にかかっています。
足を動かすたび、
かちゃ。
かちゃ。
鉄が鳴ります。
男はしゃがみ込みました。
「待っとれ」
罠を外しました。
狸は、すぐには逃げませんでした。
男の手を見ました。
それから、
罠を見ました。
もう一度、
男を見ました。
やがて、
ぺたり。
と鼻を土につけると、
藪の奥へ消えていきました。
男は立ち上がりました。
手には、
鉄の冷たさが残っていました。
その夜。
戸の外で、
ころ。
と何かが転がる音がしました。
男が戸を開けると、
昼間の狸が座っていました。
「昼間は、助かった」
男は黙って狸を見ました。
狸は、
「礼をしたい」
と言いました。
狸の姿が、
ふっと、
暗がりの中へ沈みました。
そこには、
茶釜が一つ、
置かれていました。
男は手を伸ばしました。
ひやり。
金属の冷たさでした。
男は茶釜を持ち上げました。
ずしり。
腕に重さがかかりました。
店にある、
古い鍋や火鉢と、
似た重さでした。
けれど、
茶釜を手から離そうとすると、
なぜか離しにくい。
男は茶釜を見ました。
「これを売れば、しばらく暮らせる」
茶釜は答えませんでした。
ただ、
こと。
と小さく鳴りました。
翌朝。
男は茶釜を寺へ持っていきました。
和尚さんは茶釜を手に取ると、
蓋を持ち上げ、
底を見て、
胴を指で叩きました。
こん。
こん。
乾いた音が返ってきました。
「これは、ええ釜じゃ」
男は茶釜を置きました。
代金を受け取りました。
茶釜は、
寺に残りました。
昼過ぎ。
小僧が茶釜を火にかけました。
薪が鳴ります。
ぱち。
ぱち。
茶釜の底に、
火が当たります。
じり。
じり。
黒い胴が、
少しずつ熱を持っていきました。
小僧が薪を足します。
火が強くなります。
水が揺れます。
ぶく。
小僧が振り返りました。
もう一度。
ぶく。
その奥から、
小さな声がしました。
「……あつい」
小僧の手が止まりました。
茶釜が、
ぐらり。
と揺れました。
蓋が跳ねます。
どん。
丸い胴の脇から、
何かが伸びました。
一本。
また一本。
ぬるり。
小僧は逃げました。
和尚さんが駆けつけました。
火のそばには、
茶釜が立っていました。
ぱち。
ぱち。
火はまだ燃えていました。
その日の夕方。
茶釜は男のところへ戻されました。
男は茶釜に手を置きました。
ひやり。
……とはしませんでした。
まだ、
ぬくかった。
男は手を離しました。
もう一度、
触れました。
やはり、
ぬくい。
「元には戻れんのか」
しばらくして、
茶釜の中から声がしました。
「分からん」
男は黙っていました。
やがて、
「ほんなら、そのままでええ」
と言いました。
男は茶釜を町へ連れていきました。
小さな見世物小屋を建てました。
看板には、
「茶釜の芸」
とだけ書きました。
夜になると、
太鼓が鳴りました。
どん。
三味線が鳴りました。
しゃん。
茶釜が舞台へ出ます。
一歩。
また一歩。
客の息が、
すうっ、
と引きました。
茶釜が綱へ乗りました。
ぎし。
右へ。
左へ。
一歩。
一歩。
月の下を、
丸い身体が渡っていきます。
「おお!」
「茶釜や!」
「狸や!」
笑い声。
拍手。
そして、
ちゃり。
ちゃり。
銭が落ちました。
それから、
男の暮らしは変わりました。
店には品物が増え、
飯も食えるようになりました。
けれど、
夜が深くなると、
茶釜は舞台の隅に置かれていました。
太鼓が止まり、
三味線が止まり、
人の声が遠ざかります。
最後に、
ちゃり。
と銭が一枚、
転がりました。
茶釜だけが、
残りました。
ある晩。
男が言いました。
「もう、ええ暮らしができるようになった」
茶釜は黙っていました。
「寺へ返そうか」
しばらくして、
ことん。
と、
中で音がしました。
「……寺へ」
それだけでした。
翌朝。
男は茶釜を荷車に乗せました。
町を出ます。
山道を上ります。
寺の門をくぐります。
和尚さんが出てきました。
男は茶釜を下ろしました。
和尚さんは、
そっと手を置きました。
「……まだ、温いな」
と言いました。
茶釜は、
寺に置かれました。
朝。
和尚さんが蓋を開けると、
水が入っていました。
小僧が汲みます。
一杯。
二杯。
三杯。
それでも、
底には水が残っています。
昼になっても、
まだ残っています。
夕方。
火を入れます。
薪が鳴ります。
ぱち。
ぱち。
湯が温まります。
ぶく。
小僧が手を止めました。
そこにあるのは、
一つの茶釜でした。
黒い胴。
丸いかたち。
火のそばで、
静かに湯気を上げています。
夜。
月の光が、
寺の床まで届いています。
床に、
茶釜の影が落ちています。
丸い影。
四つに分かれた影。
その後ろから、
細い影が、
すうっと伸びています。
風が吹きました。
影が揺れました。
ぶく。
音は、
すぐに消えました。
そのあとには、
何も聞こえませんでした。


ひとつの昔話。

あなたには、この話がどんな話になりましたか?