五感写生昔話 『サルカニ合戦』 ― 落としたもの ― | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

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町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


むかし、むかし。
山のふもとに、
一匹の蟹が住んでいました。
ある日、
道ばたに白いおにぎりが落ちていました。
蟹が近づくと、
まだ米の匂いがします。
そこへ、
猿がやってきました。
猿の手には、
小さな柿の種。
「そのおにぎりと、
これを取り替えよう」
種は、
乾いていました。
蟹はおにぎりを渡し、
柿の種を受け取りました。
猿はそれを抱えて、
行ってしまいました。
蟹は、
種を土に埋め、
水をやりました。
雨が降るたび、
土の匂いが濃くなりました。
やがて、
土の割れ目から芽が出ました。
枝の先に、
小さな実がつきました。
その実が大きくなるころ、
甘い匂いが庭に流れてきました。
枝いっぱいに、
柿が実りました。
葉の間から、
柿が見えます。
風が吹くたび、
枝が揺れました。
そこへ、
猿がやってきました。
「取ってやろう」
猿は木に登り、
枝を揺らしながら柿を取っていきます。
ひとつ。
また、ひとつ。
指先が、
柔らかな柿に沈みました。
今度は青い柿をひとつ取りました。
落とす。
ごつん。
もうひとつ。
ごつん。
蟹のはさみが、
土の上でわずかに動きます。
風が吹きました。
柿の葉が、
さらさら鳴りました。
しばらくして、
空の明るさが薄れていきました。
子蟹たちは、
母蟹のそばにいました。
誰も、
声を出しません。
囲炉裏の火が、
小さく鳴っています。
ぱち。
やがて、
一匹が立ち上がりました。
戸を開けると、
冷たい夜気が入ってきます。
一匹。
子蟹たちは、
外へ出ました。
ころ。
ぶん。
ぺたり。
ずし。
暗い道を、
ただ進みます。
ころ。
ぶん。
ぺたり。
ずし。
いつの間にか、
音が増えていました。
木々の向こうに、
小さな灯りが見えました。
火の匂いが、
風に混じって流れてきました。
灯りが、
少しずつ近くなります。
屋根が見えました。
戸の向こうから、
物音がします。

戸が開き、
猿が入ってきます。
戸が閉じます。
外の風が、
そこで途切れました。
囲炉裏の火が、
ぱちぱち鳴っています。
猿の手が、
火に近づきました。
ぱち。
ぱん。
猿の手が、
止まりました。
手を引き、
頬に当てます。
ぶん。
今度は、
耳もとです。
猿の肩が、
跳ねました。
手が、
耳へ上がります。
身体が、
戸口へ向きます。
ぬるり。
身体が、
土間に倒れます。
戸の隙間から、
夜の冷たい風が入りました。
そのとき。
屋根の上で、
何かが動きます。
ずず。
ずずず。
そして、
どすん。
土間が、
一度だけ揺れました。
囲炉裏の火の粉が、
ひとつ跳ねます。
それから、
音がなくなりました。

柿の木には、
まだ実が残っています。
風が吹き、
葉が揺れます。
さらさら。
枝の先で、
ひとつの柿が揺れていました。
しばらくして、
ぽと。
落ちました。
地面に当たり、
柿が割れます。
甘い匂いが、
あたりに広がりました。
その匂いの中に、
昨夜の煙が、
ほんの少し混じっています。
一匹の子蟹が、
落ちた柿に近づきました。
はさみを伸ばし、
しばらく、
はさみを動かしません。
風が吹きます。
柿の葉が、
また鳴りました。
さらさら。
子蟹たちは、
しばらく木の下にいました。
柿の甘い匂いだけが、
朝の庭に、
残っていました。