むかし、むかし。
山のふもとに、
おじいさんと、おばあさんが住んでいました。
朝になると、
庭の竹がさらさら鳴りました。
おじいさんは、
縁側に腰を下ろし、
米をひとつまみ、庭へまきました。
ぱら、ぱら。
土の上に白い粒が落ちます。
雀が一羽、
垣根から降りてきました。
ちゅん。
一粒。
また一粒。
雀が米をついばむたび、
小さなくちばしが土に触れました。
おじいさんは、
黙って見ていました。
そんな朝が、
何日も続きました。
竹が鳴る。
米が落ちる。
雀が来る。
それだけの朝でした。
ある日のこと。
おじいさんが山へ出かけたあと、
おばあさんは糊をこしらえていました。
鍋の中で、
白い糊がゆっくり揺れていました。
雀が飛んできました。
ぱた。
床に、小さな羽音。
おばあさんが振り向きました。
雀は鍋のそばに降りました。
そのあと、
かたん。
という音がしました。
夕方。
おじいさんが帰ってきました。
庭に入りました。
竹が鳴っています。
風も吹いています。
けれど、
いつもの声がありません。
おじいさんは、
庭を見回しました。
土の上に、
米が三粒ありました。
一粒は、
蟻に運ばれていました。
一粒は、
土に半分埋まっていました。
もう一粒だけが、
白く残っていました。
おじいさんは、
それを拾いませんでした。
おばあさんから話を聞くと、
おじいさんは山へ向かいました。
山道には、
湿った土の匂いがありました。
草が裾に触れました。
枝を踏むと、
ぱき。
また一歩。
ぱき。
遠くで鳥が鳴きました。
けれど、
雀の声はしませんでした。
日が傾いたころ、
山の奥から、小さな羽音がしました。
振り向くと、
雀がいました。
雀は何も言いませんでした。
ただ、
飛びました。
おじいさんは、
そのあとを歩きました。
山の奥に、
雀の宿がありました。
戸を開けると、
暖かな空気が流れてきました。
羽音。
足音。
笑い声。
囲炉裏の火が、
ぱち。
と鳴りました。
冷えていたおじいさんの指先に、
火の熱が届きました。
雀たちは、
食べ物を並べました。
米。
粟。
豆。
焼けたものの匂い。
甘いものの匂い。
湯気が、
鼻先をかすめました。
夜になりました。
外では風が鳴っています。
家の中では、
小さな寝息が続いていました。
朝。
帰る時間になりました。
雀は二つの葛籠を持ってきました。
小さな葛籠。
大きな葛籠。
おじいさんは、
小さな葛籠を選びました。
縄を持つと、
手のひらにざらりと触れました。
葛籠は軽く、
肩にすっと乗りました。
山道を下ります。
葉の間から、
朝の光が落ちていました。
途中で、
おじいさんは振り返りました。
山の奥から、
風が吹いてきました。
その風の中に、
ちゅん。
と、聞こえたような。
おじいさんは、
しばらく立っていました。
家に帰ると、
おばあさんが待っていました。
葛籠を開けると、
中から宝物がこぼれました。
畳の上に、
光が散りました。
おばあさんは、
大きな葛籠のことを聞きました。
おじいさんは、
山への道を教えました。
翌朝。
おばあさんは、
大きな葛籠をもらおうと、
山へ向かいました。
草が濡れていました。
露が足袋に染みました。
それでも、
歩きました。
雀の宿に着くと、
雀たちが出てきました。
二つの葛籠が、
そこに並びました。
おばあさんは、
大きな葛籠を選びました。
帰り道。
葛籠が、
肩に食い込みました。
縄が手のひらを擦りました。
一歩。
また一歩。
中で何かが、
かさ。
と動きました。
おばあさんは、
葛籠を開けました。
ふたが、
きしりと動きました。
中から、
冷たい風が顔に当たりました。
次の瞬間、
がさっ。
足元で何かが触れました。
ひとつ。
また、ひとつ。
かさ、かさ、かさ。
おばあさんが後ずさると、
袖に何かが触れました。
ひやり。
葛籠の中から、
いっせいに何かが飛び出しました。
羽音が重なり、
草が倒れ、
土が舞い。
何も聞こえなくなり、
静かになった。
山道には、
大きな葛籠だけが残りました。
夕方。
おじいさんは、
庭に座っていました。
竹が鳴っていました。
さらさら。
風が止むと、
音も止まりました。
土の上には、
朝の米が一粒だけ残っていました。
おじいさんは、
それを拾いませんでした。
しばらくして、
垣根が揺れました。
雀が一羽、
止まっていました。
おじいさんは、
米をもう一粒、
庭へ置きました。
雀は降りませんでした。
風が吹きました。
米粒が、
少しだけ転がりました。
ころ。
と、土の上を転がって、
竹の根元で止まりました。
雀は、
まだそこにいました。
やがて、
小さな羽音がしました。
おじいさんは、
顔を上げませんでした。
竹だけが、
さらさら、
鳴っていました。
朝になると、
庭には米が一粒、二粒と置かれていた。
春になっても、
竹の根元には、
白い米粒がひとつ。
風が吹くたび、
さらさら。
竹が鳴ったそうな。
あなたには、この話がどんな話に聞こえましたか?」