夕暮れの風が、少しだけ冷たくなり始めるころ。
遠くで鳴く鳥の声と、誰かの家の戸が閉まる音。
その間を縫うように漂ってきたのは、焦げた醤油の香りだった。
クゥーは七輪の前で鼻をひくひくさせる。
「ロクー。この匂い、なんかお腹だけじゃなくて、違うところが鳴るぞ。」
ロクは焼きおにぎりを返しながら小さく笑った。
「香りは記憶を連れてくるからな。」
表面がこんがり色づいたおにぎりに、醤油をひと刷毛。
じゅわっと立ち上がる湯気。
隣では、とうもろこしが静かに焼けている。
焦げた粒から甘い香りがこぼれ、店先の空気に溶けていった。
クゥーは目を細める。
「なんかさ。」
「ん?」
「急いで帰ってた道とか、思い出す。」
ロクは少しだけ手を止めた。
「それで十分だ。」
焼きおにぎりを皿へ。
焦がし醤油の焼きとうもろこしを添える。
特別なごちそうじゃない。
けれど、香りだけで胸の奥が少し温かくなることがある。
それはたぶん、帰る場所の記憶。
家だったり。
誰かだったり。
あるいは、こうして湯気の立つ食卓だったり。
クゥーは焼きとうもろこしをかじりながら頷いた。
「香りってすごいな。」
ロクは炭を整えながら静かに答える。
「見えなくても、ちゃんと人を連れて帰る。」
店の前を夕暮れの風が通り過ぎる。
醤油の香りは、今日もどこかの帰り道へ流れていった。
本日の注意書き
・焼きおにぎりは語り出す前が食べ頃です
・とうもろこしの粒は転がります(旅好きです)
・夕暮れの香りに足を止めた方は、そのまま常連扱いになります(席は空いてます)