第62皿目 「香りが結ぶ、夕暮れの帰り道」 | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

夕暮れの風が、少しだけ冷たくなり始めるころ。

遠くで鳴く鳥の声と、誰かの家の戸が閉まる音。

その間を縫うように漂ってきたのは、焦げた醤油の香りだった。

クゥーは七輪の前で鼻をひくひくさせる。

「ロクー。この匂い、なんかお腹だけじゃなくて、違うところが鳴るぞ。」

ロクは焼きおにぎりを返しながら小さく笑った。

「香りは記憶を連れてくるからな。」

表面がこんがり色づいたおにぎりに、醤油をひと刷毛。

じゅわっと立ち上がる湯気。

隣では、とうもろこしが静かに焼けている。

焦げた粒から甘い香りがこぼれ、店先の空気に溶けていった。

クゥーは目を細める。

「なんかさ。」

「ん?」

「急いで帰ってた道とか、思い出す。」

ロクは少しだけ手を止めた。

「それで十分だ。」

焼きおにぎりを皿へ。

焦がし醤油の焼きとうもろこしを添える。

特別なごちそうじゃない。

けれど、香りだけで胸の奥が少し温かくなることがある。

それはたぶん、帰る場所の記憶。

家だったり。

誰かだったり。

あるいは、こうして湯気の立つ食卓だったり。

クゥーは焼きとうもろこしをかじりながら頷いた。

「香りってすごいな。」

ロクは炭を整えながら静かに答える。

「見えなくても、ちゃんと人を連れて帰る。」

店の前を夕暮れの風が通り過ぎる。

醤油の香りは、今日もどこかの帰り道へ流れていった。



本日の注意書き

・焼きおにぎりは語り出す前が食べ頃です
・とうもろこしの粒は転がります(旅好きです)
・夕暮れの香りに足を止めた方は、そのまま常連扱いになります(席は空いてます)