夕方の光が、古い窓からやわらかく差し込んでいた。
カウンターの端で、ひとりの客が両手を見つめている。
新しい仕事が始まってから数ヶ月。
毎日忙しく過ぎていくのに、自分が何かを積み上げている実感だけが、どこか遠かった。
「お待たせしました。」
静かに置かれた深皿から、湯気が立ちのぼる。
黄金色のスープの中に、大きなロールキャベツがひとつ。
柔らかそうに見える葉は艶やかに光り、じっくりと火を通された気配をまとっていた。
客は箸を伸ばした。
そっと箸先を押し当てる。
柔らかそうに見えたその姿は、思ったよりも簡単には崩れなかった。
箸先に、小さな抵抗が返ってくる。
くたくたに見えた葉の奥に、幾重にも重なった層が隠れていた。
客は少しだけ力を込める。
一枚。
また一枚。
キャベツの繊維がほどける感触が、箸を通して指先へ伝わる。
やがて断面が開いた。
閉じ込められていた肉汁がじわりと溢れ出し、黄金色のスープに小さな輪を描く。
客は断面を見つめた。
幾重にも重なった葉が、静かに湯気を吐いている。
一枚。
また一枚。
その奥に、肉の旨味が抱かれていた。
派手さはない。
けれど、そこには確かに時間がいた。
切り分けたひとくちを口へ運ぶ。
出汁の旨味。
肉のコク。
ほどけるキャベツの甘み。
静かな味だった。
しばらく箸は止まらなかった。
巻ききれなかったキャベツの重ね焼き
「ロクさんは綺麗に巻くんですけど、私は途中でだいたい崩れます!」
クゥーが運んできたのは、丸く巻かれていないロールキャベツだった。
ロールキャベツを作る途中で余った葉。
少し破れた葉。
巻ききれなかった具。
それらを順番に重ねて、小さな耐熱皿で焼き上げたらしい。
「巻けないなら積めばいいんですよ!」
表面にはこんがり焼けたチーズ。
スプーンを入れると、キャベツと肉の層が現れる。
見た目は不格好。
けれど一口ごとに旨味が重なっていた。
「人生もだいたいこんな感じです!」
クゥーは胸を張る。
ロクは鍋の向こうで小さくため息をついた。
⸻
店の中では、鍋の小さな音だけが続いている。
やがて皿は空になった。
底に残ったスープから、まだ少しだけ湯気が立っている。
客は箸を置き、そっと両手を見つめた。
来たときよりも、少しだけ力が戻っている気がした。
窓の外では、夕方の光がゆっくりと傾いている。
ロクは何も言わない。
ただ、次の鍋の火加減を見ていた。
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【本日の注意書き】
・ロールキャベツは見た目以上に熱いので油断しないこと
・断面を眺めすぎるとスープが冷めます
・積み重ねは、だいたい後から見えてきます
「ゆっくりで、ちょうどいい。」