第60皿目 「鼓膜と歯に響く、快楽のリズム」 ― 厚切り三元豚の無心カツ | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


夕方の食堂に、いつもより少し低く、ゴツゴツとした油の音が響いていた。

カウンターの端のいつもの席から見える厨房では、ロクが黙々と鍋を見つめている。

湯気の向こうで、油が静かに歌っていた。

ロクが差し出したのは、いつになく無骨で、驚くほど分厚いカツだった。

飾り気のない平皿の上で、黄金色の衣が微かに震えている。

「考えすぎるな。まずは噛め。」

箸で持ち上げると、ずっしりと重い。

口に運び、前歯を立てた瞬間。

ザクッ。

その音は、頭の奥まで真っ直ぐ届いた。

厚い肉が歯を押し返す。

肉汁がゆっくりと滲み出す。

二噛み。

三噛み。

旨味がほどける。

ソースの味ではない。

肉と衣が刻むリズムだった。

ザクッ。

モグ。

ザクッ。

モグ。

気づけば、さっきまで頭の中にいた考え事が少し遠くなっていた。

ロクは何も言わない。

ただ、湯気の向こうで次のカツを揚げていた。


新ジャガとカツの「ザクザク」おから衣団子

「ロクさんが直球なら、私は変化球で前進です!可能性、丸めました!」

クゥーが運んできたのは、拳ほどもある揚げ物だった。

カツの端切れと蒸した新ジャガ。

それを丸めて、粗めのおからをまとわせて揚げたらしい。

「このザクザク感、脳みそに響きますよ!」

勢いよく齧る。

ガリッ。

思った以上に豪快な音がした。

香ばしいおから。

ほくほくのジャガイモ。

時々顔を出す豚肉の旨味。

少し口の中の水分を持っていく。

その不器用さまで、妙に前向きだった。

「成功率、七割!」

クゥーは胸を張る。

残り三割は、たぶん勢いだ。


すり鉢の音と、クゥーの悩み

「……でね、ロクさん。」

珍しくクゥーが眉をひそめていた。

手元ではゴマをする音が止まっている。

「次のブログ、どうしようかなって考えてたら、全然まとまらなくて。」

ロクは黙ってすりこ木を受け取った。

そして。

ゴリゴリ。

ゴリゴリ。

一定のリズムでゴマをすり始める。

店の中には、その音だけが静かに響いた。

「手が止まってる。」

ロクが言う。

「え?」

「だから考えが渋滞する。」

ゴリゴリ。

ゴリゴリ。

やがてゴマの香りがふわりと立ち上がった。

「あ。」

クゥーの顔が少し緩む。

「なんか、お腹空いてきました。」

ロクは少しだけはにかみ、すり鉢を突き返した。


閉店後。

油の匂いが少しだけ残る夜道を歩く。

ザク。

もう一歩。

ザク。

夜道に音が響く。

答えはまだ見つからない。

けれど。

足は止まっていなかった。

夜風が少しだけ気持ちよかった。


【本日の注意書き】

・カツの音に集中しすぎて上顎を火傷しないこと

・クゥーのおから団子はお茶と一緒を推奨します

・悩んだら、とりあえずキャベツをおかわりしてください

「ゆっくりで、ちょうどいい。」