第59皿目 「透明な嘘と、黄金の真実」 | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


夕方の光が、古い窓から細く差し込んでいた。

鍋の中では、
黄金色のスープが静かに揺れている。

クゥーは鍋をのぞき込み、首をかしげた。

「なんか……地味。」

ロクは何も言わない。

湯気だけがふわりと立ちのぼる。

透き通っている。

具もほとんど見えない。

派手な匂いもない。

クゥーはもう一度のぞき込む。

「これ、本当においしいやつ?」

ロクは小さな器に注ぎ、差し出した。

クゥーは恐る恐る一口飲む。

そして。

もう一口。

さらにもう一口。

気づけば器の底が見えていた。

しばらく黙ったあと、クゥーが言う。

「……あれ?」

ロクは鍋の灰汁を静かにすくう。

「そういう味だ。」

店の奥で時計がひとつ鳴った。

鍋の中では、
何時間も前から集まったものたちが、
もう姿を残していない。

骨も。

肉も。

野菜も。

名前も形も消えている。

けれど、
いなくなったわけじゃない。

その代わりに。

鍋いっぱいの旨味になって残っていた。

ロクは火を少しだけ弱める。

「旨味は、目立たなくていい。」

窓の外を帰る鳥の影が横切った。

透明なものは、
ときどき何もないように見える。

けれど。

見えないからといって、
無いとは限らない。

湯気がゆっくりと天井へ昇っていく。

誰にも気づかれなかった時間も。

黙って重ねた手間も。

言葉にならなかった想いも。

鍋の底には残らない。

けれど。

どこかにちゃんと味として残る。

夕方の光は少しずつ薄れ、
食堂には鍋の音だけが残っていた。

静かな黄金色が、
今日も誰かを待っている



【本日の注意書き】

・営業日は湯気の向かう先で決まります
・透明だからと油断すると旨味に包囲されます
・鍋の中の真実は、だいたい静かです