夕方の光が、古い窓から細く差し込んでいた。
鍋の中では、
黄金色のスープが静かに揺れている。
クゥーは鍋をのぞき込み、首をかしげた。
「なんか……地味。」
ロクは何も言わない。
湯気だけがふわりと立ちのぼる。
透き通っている。
具もほとんど見えない。
派手な匂いもない。
クゥーはもう一度のぞき込む。
「これ、本当においしいやつ?」
ロクは小さな器に注ぎ、差し出した。
クゥーは恐る恐る一口飲む。
そして。
もう一口。
さらにもう一口。
気づけば器の底が見えていた。
しばらく黙ったあと、クゥーが言う。
「……あれ?」
ロクは鍋の灰汁を静かにすくう。
「そういう味だ。」
店の奥で時計がひとつ鳴った。
鍋の中では、
何時間も前から集まったものたちが、
もう姿を残していない。
骨も。
肉も。
野菜も。
名前も形も消えている。
けれど、
いなくなったわけじゃない。
その代わりに。
鍋いっぱいの旨味になって残っていた。
ロクは火を少しだけ弱める。
「旨味は、目立たなくていい。」
窓の外を帰る鳥の影が横切った。
透明なものは、
ときどき何もないように見える。
けれど。
見えないからといって、
無いとは限らない。
湯気がゆっくりと天井へ昇っていく。
誰にも気づかれなかった時間も。
黙って重ねた手間も。
言葉にならなかった想いも。
鍋の底には残らない。
けれど。
どこかにちゃんと味として残る。
夕方の光は少しずつ薄れ、
食堂には鍋の音だけが残っていた。
静かな黄金色が、
今日も誰かを待っている
【本日の注意書き】
・営業日は湯気の向かう先で決まります
・透明だからと油断すると旨味に包囲されます
・鍋の中の真実は、だいたい静かです