夕方の店は、
いつもより静かだった。
客は窓際に座り、
冷めかけた水を見ている。
何かを諦めた顔だった。
クゥーが厨房をのぞく。
「まだー?」
次の瞬間。
鉄板の奥から、
じゅううううう……っ、と音が立ち上がる。
店の空気が揺れる。
ロクがソースを落とす。
さらに音が弾ける。
白い湯気が、
一気にカウンターの向こうへ膨らんだ。
見えないくらい。
でも音だけは、
ずっと近づいてくる。
じゅう、じゅう、と。
客が顔を上げる。
皿が置かれる。
厚切りの豚肉。
照り返すジンジャーソース。
鉄板の熱で揺れる湯気。
まだ音が生きていた。
客は少し呆けた顔で笑う。
「……すごいですね、これ」
クゥーが胸を張る。
「今日はうるさいやつ!」
箸が入る。
肉汁が跳ねる。
噛んだ瞬間、
熱と生姜の香りが広がった。
じゅうう……という音が、
まだ皿の下で鳴っている。
食べるたび、
客の背中が少しずつ起きていく。
ロクは鉄板を洗いながら言う。
「冷める前が、一番うまい」
客は黙ったまま頷いた。
さっきまで俯いていたことを、
少し忘れている顔だった。
【注意書き】
・鉄板が本気の日は会話が聞こえません
・湯気の向こうにロクが消える場合があります
・じゅうじゅう音で元気が出た方は仕様です