57皿目:雨上がりのキレ、梅肉の清涼 | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


店に入ってきた客は、

疲れているというより、重たそうだった。


肩も。


目の奥も。


席に座ると、
長いため息がひとつ落ちる。


クゥーが冷たい胡瓜を切る。


とん、とん、とん。


その音だけが、
妙に軽かった。


ロクは梅を叩く。


包丁の先で潰れた赤が、
まな板に静かに滲んでいく。


塩が落ちる。


白い粒が、
青い胡瓜に小さく弾けた。


皿が運ばれる。


先に来たのは、
梅の匂いだった。


鋭くて、
少しだけ頭の奥を起こす匂い。


客はひと口食べる。


しゃく。


胡瓜の音が、
店の静けさに細い線を入れた。


そのあと、
梅の酸味が来る。


遅れず、
まっすぐ来る酸味。


塩気が、
舌をきゅっと引き締めた。


もうひと口。


今度は少し早い。


しゃく、しゃく。


止まっていた呼吸が、
少しずつ流れ始める。


「……なんか、
頭が静かになりますね」


ロクは頷かない。


ただ、
梅肉を和えながら言った。


「酸っぱいもんは、
前向かせる時がある」


客は小さく笑った。


来た時より、
ほんの少しだけ目線が上がっている。


外では、
雨の匂いがもう薄くなっていた。


暖簾の端から入る風だけが、
少し涼しい。


【今日の注意書き】


・酸っぱさで少しだけ人生が前を向きます
・胡瓜の「しゃくっ」は本日の環境音です
・考えごとは、梅肉で多少ほぐれます(効き目には個人差があります)