56皿目:三世代の絆、黄金のだし巻き | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

まだ夕飯には少し早い時間だった。


珍しく、
店の中がにぎやかだった。


小さな子どもの声。


その横で笑う母親。


向かいでは、
白髪の父親が静かに茶をすすっている。


クゥーが目を丸くする。


「今日、いっぱい」


ロクは卵を割った。


と、と、と。


黄色が、
ボウルの中で重なっていく。


出汁が入る。


それから、
ほんの少しだけ砂糖も入った。


クゥーが首をかしげる。


「甘いの?」


「少しだけだ」


卵液が鉄板へ流れる。


じゅわ、と音がして、
湯気がふくらむ。


巻く。


また流す。


重ねる。


何度も重ねたあと、
四角い形が静かに出来上がった。


皿に置かれた瞬間、
出汁の香りがふわりと立つ。


子どもが最初に箸を伸ばす。


「あつっ」


そう言いながら、
ちゃんと笑っている。


祖父がひと口食べる。


何も言わず、
小さくうなずいた。


母親は、
その顔を見て少しだけ安心したように笑う。


箸を入れるたび、
じゅわ、と小さな音がした。


口に入れると、
先に来るのは出汁。


やさしい旨味。


そのあとから、
ほんの少しだけ甘さが残る。


遅れて残る。


角の取れた、
やわらかい甘さだった。


誰も感想を言わない時間が続く。


でも、
箸だけは止まらない。


クゥーが小声で聞く。


「なんで静かなの?」


ロクは火加減を見たまま答えた。


「うまい時は、そうなる」


帰る頃には、
子どもが眠そうに母親の袖を掴んでいた。


店の戸が閉まる。


湯気だけが、
まだ少し店に残っている。


【今日の注意書き】


・だし巻きは飲み物ではありません(気づくと減っています)
・湯気に安心して眠くなる場合があります
・「ひとくちちょうだい」は、だいたい二口なくなります