55皿目:大人の余韻、夜更けのキャラメル | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

夜は静かだった。


時計の針の音だけが、
店の隅で、かすかに生き残っている。


カウンターの客は、
焼きリンゴを見て、少しだけ苦笑した。


「甘いもの、昔は苦手だったんですけどね」


ロクは返事をしない。


ただ、リンゴを返す。


じゅ、と。


溶けたバターが、小さく泡を鳴らした。


熱を吸った果肉の縁から、
ゆっくり色が深くなっていく。


クゥーが背伸びをする。


「焦げるー?」


「そこからだ」


鍋の奥で、
砂糖が静かに沈んでいく。


琥珀色。


あと少しで、
戻れなくなる色。


甘い匂いの奥に、
かすかな苦みが混ざりはじめる。


その香りは湯気にほどけ、
静かに席まで流れていった。


皿に落ちたキャラメルソースは、
夜の底みたいな色をしている。


客は、ひと口だけ食べる。


最初に来るのは甘さだった。


熱を含んだ、
やわらかい甘さ。


けれどそのあと、
舌の奥に小さな苦味が残る。


遅れて残る。


静かに残る。


不思議と、嫌ではなかった。


もうひと口。


今度は少し、
ゆっくり噛む。


「……こういう味って、
歳取らないと分からないですね」


ロクは小さく鼻を鳴らした。


火を見たまま言う。


「苦くないと、残らん味もある」


客は少し笑った。


来た時より、
昔を責める顔をしていなかった。


皿の底に残ったキャラメルを、
最後にパンでぬぐう。


それだけは、
妙に丁寧だった。


外はもう、
夜更けの色をしている。


暖簾が、かすかに揺れた。


【今日の注意書き】


・焦げは境界線です(越えてからがロク担当)
・昔を思い出した方は、帰り道で空を見上げすぎないでください
・苦いのに食べ進める現象は仕様です(たぶん夜のせい)