54皿目:涙を隠す、みたらしの艶 | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

雨は降っていない。

それなのに、客の肩だけが濡れて見えた。

引き戸が、静かに閉まる。

クゥーが「いらっしゃい」を言うより先に、
客は小さく頭を下げていた。

いつもの席より、少し奥。
灯りの届ききらない場所に腰を下ろす。

ロクは何も聞かない。

炭の熱だけが、黙って赤い。

網の上で、団子が転がる。

ころ、ころ。

焼き目がつくたび、
醤油の焦げる匂いが、ゆっくり空気に混ざっていく。

甘い匂いなのに、少しだけ胸にしみる。

クゥーが鍋をのぞき込む。

「今日の、ちょっとしょっぱいね」

ロクは団子を返しながら、小さく言う。

「甘いだけじゃ、届かん日もある」

タレが落ちる。

とろり、と。

深い色の艶が、
店の灯りを細く引き伸ばしていた。

皿が置かれる。

客は少しだけ笑う。

「こういうの、久しぶりです」

その声は、どこかほどけかけていた。

一本目。

唇に触れた瞬間、
先に来るのは醤油の塩気。

少しだけ鋭い。

そのあとから、甘さが追いついてくる。

遅れて来る。
包むみたいに、あとから来る。

噛むたびに、やわらかい熱がほどけていく。

二本目に手が伸びる頃には、
肩の力が、少し落ちていた。

ぽたり。

湯飲みの横に、小さな跡が落ちる。

客は急いで顔を伏せた。

クゥーは何も言わず、湯を足す。

立ちのぼる湯気だけが、
そっと席のあいだに入る。

ロクは焼き網を返しながら、火を見たまま言う。

「……塩があるから、甘さも残る」

客は答えない。

けれど最後の一本だけは、
ちゃんと最後まで食べ切った。

帰る頃には、
目元だけが少し赤い。

外の空気は、まだ冷えていた。

ロクが暖簾を整える。

「ゆっくりで、ちょうどいい。」


【今日の注意書き】

・団子は三本までです(四本目から感情が漏れます)
・泣いた場合、湯のみのおかわりが静かに増えます
・タレの照りに人生を映さないでください(わりと映ります)