53皿目:あとから、やさしく来る ― 冷めない甘酢 | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

夕方にはまだ少し早い時間。

店の中は、静かすぎるくらい静かだった。


カウンターの端。
いつもの席に、見慣れない封筒がひとつ置かれている。
角が、少しだけ折れていた。


クゥーが皿を運ぶ。


赤いあんが、光を拾ってゆっくり揺れる。
先に、匂いが届く。
少しだけ、鼻にくる。


「すっぱいの、大丈夫?」


客は一瞬だけ間を置いて、うなずいた。


箸が伸びる。


ひと口。
ほんの少し、顔が止まる。


それから、ゆっくり噛む。


もう一口。
さっきより迷いがない。


赤いあんが、野菜と肉にまとわりつく。
甘さのあとに、少し遅れてくる酸。


気づけば、箸が続いている。


テーブルの上の封筒に、手が伸びる。
今度は、止まらない。


紙の音が、小さく鳴る。


ロクは火を見たまま、何も言わない。


皿が空に近づいた頃、
客は一度だけ息を吐いた。


来たときより、少しだけ軽い。


ロクが火を落とす。


「……まあ、うちはこんなもんです。お腹も心も、また明日で。」



今日の注意書き

・冷めないのは、あんだけとは限りません

・考えごとは、一口目ではほどけません

・酸っぱい顔をしていても、だいたい途中から箸が止まりません