―最後の一摘み ―
閉店間際。
ひとりの客がカウンターに紙袋を置いた。
中には乾燥椎茸と、
飲み残しの安い赤ワイン。
「ロクさん、これで何か肴作ってくれ」
俺は袋をのぞきこんで鼻で笑った。
「……また随分と渋い組み合わせだな」
椎茸をワインで戻す。
ゆっくり水分を吸って、
干からびた傘が少しずつ膨らんでいく。
戻った椎茸を厚めに切って、
ラードで表面を焼く。
じゅっ、と油が鳴った。
戻し汁とワインを鍋に入れて、
少しだけ煮詰める。
醤油をほんの一滴。
椎茸に絡めて皿に置いた。
「……ほらよ」
客は黙って一口食べた。
少しだけ笑って、
静かに店を出ていった。
換気扇を止めると、
厨房は急に静かになる。
鍋を洗って、
火を落として、
最後に戸を閉める。
外に出ると、
夜風がまだ少し冷たい。
土手のほうへ歩くと、
枯れ草の間に小さな影が見えた。
つくしだ。
しゃがみこんで、
泥を払って摘み取る。
「……出てたか」
ポケットに入れて店へ戻る。
明日の味噌汁にでも入れてやれば、
ちょうどいい。
―― 今日の注意書き ――
※ 火傷に注意。椎茸は油をよく吸います。
※ 戻し汁は捨てないでください。旨味はそこにあります。
※ 春の味は急がないこと。土の匂いごと味わうのがコツです。

