第35皿目 冷えたスープ、もう一度。 ― 火口を磨く夜 ― | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。


   ― 火口を磨く夜 ―

閉店後の厨房。

裸電球の下、俺は一人で鍋を火にかけていた。


昨日の残りのスープ。

一晩置いて表面に膜が張り、冷え切った塊だ。

それをあえて、強火の直火にかける。


「最近、火が弱い皿ばっかりだ。」


ボコボコと底から湧き上がる気泡。


中途半端な温め直しじゃ、本当の味は戻らねえ。

芯まで熱を通し、一度沸騰させなきゃ、命は宿らねえんだ。



掃除の合間、

厚揚げの端をコンロの火で直接炙る。


ジュッ、と音がして

焦げた味噌の香りが厨房に広がった。


小腹が満たされると、

人間ってのは少しだけ優しくなれる。


炙り厚揚げのネギ味噌。

まあ、こういうのが一番うまい。


昼間、クゥーが置いていった小鉢がある。


「これ、明日もっと美味しくなるから!」


そう言って残していった

出汁の残りで作った浅漬けだ。


まだ味が少し尖っている。

でも、今のこの店にはちょうどいい。


コンロの五徳を外して火口を磨く。


煤を拭き取り、

シュンシュンと音を立てて

真っ直ぐな青い炎が伸びるまで。


特に──


指先の冷えたやつほど、

火の場所は知ってるもんだ。


長く火を見てきた手ならな。


誰かに温めてもらうのを待つな。


自分の内側に残っているはずの

その小さな熱を見逃すな。


火吹き竹で炭を熾していると、

昔、親父に


「火の粉が飛ぶから離れてろ」


そう叱られたのを思い出す。


今は俺がその火の番だ。


煤で汚れた手を眺めながら、

自分一人のために淹れた

少し苦い番茶を啜る。


温め直しは、一気に。


弱火でダラダラ温めると、

香りが逃げる。


再沸騰の瞬間に火を止める。

それが、一度眠った味を叩き起こすコツだ。



昔、この店、

煙だらけになった日があった。


火ってのはな、

消えたと思っても

芯で残る。



【今日の注意書き】


・火傷に注意。芯まで熱くならねえと、次の皿は食わせねえぞ。

・火口の掃除忘れ注意。炎は正直だ。

・コンセントの抜き忘れ注意。繋ぎっぱなしじゃ、どこへも行けねえぜ。