夕方の台所。
奥のコンロでは、まだ鍋が微かな音を立てている。
ロクは相変わらず、その湯気を見つめたまま動かなかった。
「……まだ、煮えませんか」
クゥーが勝手口の泥付きにんじんを手に取った。
ふさふさと立派な、深い緑の葉がついている。
「あんたが難しい顔してるから、こっちまで腹が減ってきた。これ、捨てるならもらいますよ」
「……好きにしろ。油と相性がいいぞ、それは」
「わかってます。でも、今夜は白和えを突きたい気分なんだ」
クゥーは鼻歌まじりに、葉を刻み始めた。
さじ加減は、自分の指が覚えている。
すり鉢の中で、茹でた豆腐とゴマが混ざり合う。
ゴリゴリ、と。静かな台所に、重みのある音が響く。
「しっかり当たれば、葉っぱの意地も溶ける……。あんたが前に言ったんでしょう?」
白い衣をまとった緑の葉は、どこか誇らしげに見えた。
差し出された小皿を、ロクは無言で口に運ぶ。
「……ふん。アクが強いのは、それだけ根性が詰まってる証拠だ。その意地を殺さねえように、しっかり当たれ。……急ぐと、苦味が出るぞ」
ロクはそう言って、また自分の鍋に向き直った。
あっちの「答え」が煮えるには、もう少し時間がかかりそうだ。
「……ま、気長に待ちますよ」
お腹も心も、また明日で。
🏮 今日の注意書き
• 葉っぱは捨てません(根性が詰まっています)
• すり鉢は急ぎません(意地を、白く溶かします)
• アクは旨味です(見た目に、騙されません)
• 鍋の中身は、まだ内緒です(湯気が、じっと聞いています)
次回
第33皿目:至福の豆腐レアチーズケーキ
― 静かな甘さの理由 ―
🏮 本日のお品書き(全話一覧)
書き写している最中の古い伝票(過去記事)たちです。
一皿ずつ、丁寧にリンクを繋ぎ直しています。
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―― 答えは、この物語の「はじまり」に置いてあります。
焦らず、白和えでも突きながら、お待ちください。

