25皿目 肉厚厚揚げ豆腐(梅の気配) | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

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町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

― 割ると、春が少しだけほどける ―」

厨房の戸を少しだけ開けると、

外の空気が、ほんのわずかに柔らかくなっていた。

まだ寒さは残っている。

でも、油の音が少しだけ軽く聞こえる日がある。

ロクは、肉厚の厚揚げ豆腐を網の上に置いた。

ずしりと重い。

中は白く、静かで、まだ冷たい。


強く焼きすぎない。

表面が、ゆっくりと呼吸を始めるくらいがちょうどいい。

じ、と小さな音がする。


「だんだん、暖かくなってきましたね。」


クゥーがそう言った。


ロクは答えなかったが、

火をほんの少しだけ弱めた。


梅の花が、どこかで開き始めているらしい。

見に行ったわけではない。

ただ、空気がそう教えてくれる。


肉厚厚揚げ豆腐の表面に、ゆっくりと焦げ色が浮かぶ。


焦げは仕様だ。

香ばしさは、少しだけ勇気を持っている。


「焼きすぎます?」


クゥーが聞いた。


ロクは首を横に振った。


「火加減は、嘘をつきません。」


それだけだった。


皿に移すと、白い断面から

細い湯気が、静かに立ちのぼった。


割ると、静かになる。

刻みネギを山にして、

醤油かポン酢を、ほんの少し。


今日はそこへ、

梅肉だれを、指先ほど。


白の上に、淡い紅。

主役にならない春。


難しいことはしない。

それで、だいたいの夜は救われる。


肉厚の白は静かで、

焦げ目だけが、少しだけ強気だった。

小鉢は、浅漬け。

うすく、うすく。

ほんのり桜色を含んでいる。


味は強くない。

春が近いことを、少しだけ教えるくらいがちょうどいい。


本日のおすすめは、出さない。

今日は、火のそばにいる日だ。


甘味は、黒糖寒天。


厨房の片付けを少しだけ手伝いながら、

クゥーは皿を拭いていた。


「今日、梅、咲いてるんですかね。」


ロクは少しだけ間を置いてから言った。


「見に行かなくてもいいと思います。」


どうでもいい会話だった。

でも、それくらいがちょうどいい。


今日の注意書き。

・焦げは仕様です(香ばしさは正義)

・厚みは裏切りません

・急がないでください、時間は煮込まれています

夕方の光が、引き戸の向こうでゆっくり薄れていく。

肉厚厚揚げ豆腐は騒がない。

夕方の光だけが、ゆっくり引いていった。