― 夕方が、少しだけ店に残っている時間
朝でも夜でもない、夕方の気配が店に残っていました。
まだ少しだけ、空気の奥に冷たさが残っています。
久しぶりに、プリンを作りました。
昔、手の中に残っていた感覚を、少しだけ思い出したくなりました。
火と蒸気の距離を確かめながら、ゆっくり時間を重ねました。
営業前の店は、少しだけ静かに呼吸しています。
カウンターの端にプリンを置いていたら、甥っ子が静かに顔を出しました。
「プリン、食べるか?」
そう聞くと、小さくうなずいて、椅子に座りました。
まずは一口。
スプーンが、プリンの表面をゆっくりとすくいます。
「どうや?」
そう聞くと、少しだけ間があって、
「……おいしい」
それだけ言いました。
プリンの上に乗ったカラメルを指さして、
「この黒いの、なに?」
と聞くので、
「カラメルや。少しだけ、大人の味がする」
と答えました。
甥っ子は少し考えてから、
「苦いから、嫌」
と言って、スプーンでカラメルを少しずつ削りながら食べていました。
削られていくカラメルを見ながら思いました。
子どもが静かに食べる料理は、少し優しすぎるのかもしれません。
味は悪くなかった。
ただ、蒸気と火の呼吸を、もう一度考えようと思いました。
甥っ子は味に正直です。
子どもが黙って食べる料理は、まだ伸びる余白がある証拠だと思っています。
「待っとけ。次は、もう少しだけうまくやる」
そう小さく呟いて、空になった皿を、ゆっくり拭きました。
夕方の光が、カウンターの上に、静かに時間を置いていました。
営業前の店は、少しだけゆっくり呼吸しています。
焦らなくても、プリンは逃げません。
カラメルの苦さは、ほんの少し大人の味です。
