7皿目 「現場のバレンタイン」甘いのはチョコだけじゃない ― | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

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町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

 甘いのはチョコだけじゃない ― 

朝から、厨房に甘い匂いが漂っていた。

嫌な予感は、だいたい当たる。

厨房に入った瞬間、確信した。

「今日、特注多いぞ」

そう言ったのは、**ロク**だった。

貼り紙にはこう書いてある。

期間限定
バレンタイン応援弁当

「聞いてない」

「昨日決めた」

「昨日休みだ」

「だから今日いる」

理屈が少し雑すぎる。

**クゥー**は箱を開けてチョコを確認しようとする。

「触るな」

「まだ触ってない」

「その目が触ってる」

仕込み表には、ハート型、副菜の色付け、メッセージ仕切り、甘味付きと書かれていた。

ロクは小さく首を振る。

「弁当に感情を詰めるな」

でも、イベント弁当には物語が少しだけ必要らしい。

型抜き、色付け、詰め替え、書き入れ。

手を止めると終わる仕事だった。

「誰だこの工程組んだの」

「お前だ」

「俺かよ」

横でロクはチョコの温度を見ている。

「チョコは温度管理が命だ」

「弁当だぞ」

「だから安定がいる」

「何度です?」

「28度に下げて、31度で戻す」

数字が妙に具体的だった。

忙しい日の記憶は、すぐに消える。

クゥーが何かを作っていた。

「何してる?」

「チョコ味噌」

「やめろ」

「可能性はある」

「今日はない」

入れて、焼いて、香りが少し迷子になる。

試食したクゥーが言った。

「二口目はない」

一口目はあったのか。

ピークが来る。

「合格!」「がんばれ!」「勝て!」

メッセージ弁当が次々と出ていく。

「応援されたいのはこっちだ」

「手を止めるな」「止めたら泣く」

受け取りに来た高校生が言った。

「これ、今日渡します」

ロクは包みながら呟く。

「温度は味方だ。冷ますな」

料理人の言葉は、少し重い。

すべて出し終えたあと、クゥーが聞いた。

「ロク、昔めちゃくちゃもらってたタイプだろ」

「否定はしない」

即答だった。

「お前は?」

「ゼロではない」

「何個だ」

「ゼロではない」

今日いちばん甘かったのは、たぶん空気だった。

片付けの前、クゥーが渦巻き状の仕込みを見せる。

「それ何だ?」

「明日の仕込み」

「見たことないな」

ロクは少しだけ笑った。

「昭和ロールだ」

「いじっていい?」

「ダメだ」

「絶対やるなよ」

たぶんやる。

厨房の火は、今日も静かに残っていた。

次回予告
第8話「昭和ロール」
——理屈で巻くか、勘で巻くか。