― 静かな厨房の午後
ふんわりやさしい玉子は、今日も厨房の静かな主役。
昼下がりの厨房は、驚くほど静かだった。
鍋の音も、油の跳ねる声もない。
窓から差し込む光だけが、作業台の上をゆっくりと流れている。
ロクは、無言のまま玉子を割った。
ボウルに落ちた卵黄は、壊れ物のように静かに揺れた。
「これ、普通の玉子サンド?」
背後から常連の声がした。
振り向かずに、ロクは答えた。
「……厚焼きの方が好きだな」
それは、関西風のだしがしっかりきいた、ふんわりとした玉子のことだった。
ロクはそれ以上何も聞かなかった。
卵液に、だしを多めに注ぐ。
昆布と鰹の香りが、ゆっくりと空気に溶けていく。
焼き加減は弱火。
焦らず、急がず、玉子が息をする時間を待つ。
玉子は強く押さえつけてはいけない。
空気を抱き込むように巻けば、ふわりと仕上がる。
「関西風って、優しい味ですね」
クゥーが笑いながら言った。
「だしが主役だ」
ロクは短く返した。
少しだけ、バターにマスタードを混ぜる。
辛さはほんのわずか。
玉子の甘さを壊さない、静かなアクセント。
パンの上に薄く伸ばし、味をそっと支える。
クゥーはそれをじっと見ていた。
「これ、いいバランスですね!」
ロクは何も言わなかった。
焼き上がった厚焼き玉子を、静かにパンで挟む。
常連がぽつりと言った。
「やっぱり、こっちの方が好きだな」
その声は、厨房の光の中に溶けていった。
(厚焼き玉子のマスタードバターサンド)
午後の厨房は、まだ静かだった。
今日の注意書き
・話はだいたい本当、たまに玉子くらい静かに盛る
次回テーマ17話
「黒船ラスク|静かな午後の厨房で」
