14皿目 歌舞伎揚げの日 サクサクで、日常に小さな驚きを。 | 頑張れオンボロ食堂奮闘記 ― ロクとクゥーのまかない哲学 ―

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町はずれの少し古びたレトロカフェ食堂。木の温もりと柔らかい光に包まれ、落ち着いた大人向けの空間です。読書やひとり時間も楽しめ、厨房ではゆるい日常が流れています。

サクサクで、日常に小さな驚きを。


どうも。頼んでもいないのに居座っている常連です。

今日は「歌舞伎揚げの日」らしいです。

なぜそうなのかを、クゥーは朝から力説していましたが、正直なところ途中から聞いていませんでした。

厨房ではすでに、サクッという軽い音が響いています。

振り向くと、クゥーが歌舞伎揚げの袋を握りしめていました。

「今日はこれを主役にします!」

理屈派オーナー兼ホール担当、ロクは無言。

その無言は、
“好きにしろ。ただしバランスは崩すな”
という意味を持っています。

今日も、ゆるやかな一日が始まりました。

ロクはまず、じゃがいもを丁寧に蒸します。

「茹でると水っぽくなる」

いつもの理屈です。

温かいうちに粗く崩し、油を切ったツナ、刻んだからし菜を混ぜる。味付けは塩と少量のマヨネーズだけ。

そこへ最後に、細かく砕いた歌舞伎揚げをトッピング。

サクッ。

その音が小さく響きます。

ロクは一口味見をして、ほんの少しだけうなずきました。それが完成の合図。

派手さはないけれど、きちんと整っている。舞台を支える裏方のような一皿です。

一方のクゥーは、今日も勢い重視。

「今日はリズムっす!」

意味はよくわかりません。

マッシュポテトにアボカドを混ぜ込み、そこへ粗めに砕いた歌舞伎揚げ。

「サクッ、なめらか、サクッ、なめらか!これが歌舞伎揚げのリズム感!」

ロクが味見をします。

数秒の沈黙。

「……悪くない」

出ました。かなり高評価です。

余ったじゃがいもと歌舞伎揚げを、クゥーが思いつきで丸めました。

それを軽く揚げます。衣はつけません。歌舞伎揚げがすでに衣だからです。

外はカリッ。中はほくほく。

カウンターに並べると、いつものカフェがほんの少しだけ舞台のように見えました。

「……あ。」

クゥーが固まりました。

どうやら歌舞伎揚げを砕きすぎたようです。ほぼ粉。

「やりすぎちゃって……」

ロクは淡々とひとこと。

「味のバランスは舞台と同じ。派手すぎず、控えめに」

粉になった歌舞伎揚げはポテサラに混ぜ込まれ、無事再利用。

厨房でサクッという音が鳴るたび、常連さんが振り向いて笑います。

特別なことは起きません。でも、小さな音が小さな楽しい空気を作る。

それがこの店の舞台裏です。

余り物から生まれた一皿は、意外と評判がよく。

甘辛タレをかけすぎたポテサラは「クセになる」と言われ。

「歌舞伎揚げ抜きで普通のポテサラに」という無茶ぶり注文も入り。

ロクは何も言わずに作り直します。

シンプルなポテサラ。余計な装飾なし。

それを見てクゥーがぽつり。

「……引き算も舞台っすね」

少し成長したのかもしれません。

「歌舞伎って派手だけど、日常にちょっとした刺激をくれるんですよね」

クゥーが珍しく真面目に言います。

ロクは無言で味をチェック。

私はコーヒーを飲みながら思いました。

派手な舞台もいい。

でも毎日食べるのは、こういうサクッとした日常の味。

特別すぎない。でも、ちゃんと楽しい。

今日も厨房は、小さな笑いと小さな驚きに包まれていました。

今日の衣は気分次第。
味の保証は歌舞伎と一緒。
話はだいたい本当、舞台はフィクション。
クレームはクゥーが聞いてロクが無視します。

華やかな舞台も、サクッとした日常の味があってこそ。

大げさじゃなくていい。

少し驚いて、少し笑えれば、それで十分。

第15話 からし菜とツナとじゃがいものサラダ〜三人でつくる一皿〜