サクサクで、日常に小さな驚きを。
どうも。頼んでもいないのに居座っている常連です。
今日は「歌舞伎揚げの日」らしいです。
なぜそうなのかを、クゥーは朝から力説していましたが、正直なところ途中から聞いていませんでした。
厨房ではすでに、サクッという軽い音が響いています。
振り向くと、クゥーが歌舞伎揚げの袋を握りしめていました。
「今日はこれを主役にします!」
理屈派オーナー兼ホール担当、ロクは無言。
その無言は、
“好きにしろ。ただしバランスは崩すな”
という意味を持っています。
今日も、ゆるやかな一日が始まりました。
ロクはまず、じゃがいもを丁寧に蒸します。
「茹でると水っぽくなる」
いつもの理屈です。
温かいうちに粗く崩し、油を切ったツナ、刻んだからし菜を混ぜる。味付けは塩と少量のマヨネーズだけ。
そこへ最後に、細かく砕いた歌舞伎揚げをトッピング。
サクッ。
その音が小さく響きます。
ロクは一口味見をして、ほんの少しだけうなずきました。それが完成の合図。
派手さはないけれど、きちんと整っている。舞台を支える裏方のような一皿です。
一方のクゥーは、今日も勢い重視。
「今日はリズムっす!」
意味はよくわかりません。
マッシュポテトにアボカドを混ぜ込み、そこへ粗めに砕いた歌舞伎揚げ。
「サクッ、なめらか、サクッ、なめらか!これが歌舞伎揚げのリズム感!」
ロクが味見をします。
数秒の沈黙。
「……悪くない」
出ました。かなり高評価です。
余ったじゃがいもと歌舞伎揚げを、クゥーが思いつきで丸めました。
それを軽く揚げます。衣はつけません。歌舞伎揚げがすでに衣だからです。
外はカリッ。中はほくほく。
カウンターに並べると、いつものカフェがほんの少しだけ舞台のように見えました。
「……あ。」
クゥーが固まりました。
どうやら歌舞伎揚げを砕きすぎたようです。ほぼ粉。
「やりすぎちゃって……」
ロクは淡々とひとこと。
「味のバランスは舞台と同じ。派手すぎず、控えめに」
粉になった歌舞伎揚げはポテサラに混ぜ込まれ、無事再利用。
厨房でサクッという音が鳴るたび、常連さんが振り向いて笑います。
特別なことは起きません。でも、小さな音が小さな楽しい空気を作る。
それがこの店の舞台裏です。
余り物から生まれた一皿は、意外と評判がよく。
甘辛タレをかけすぎたポテサラは「クセになる」と言われ。
「歌舞伎揚げ抜きで普通のポテサラに」という無茶ぶり注文も入り。
ロクは何も言わずに作り直します。
シンプルなポテサラ。余計な装飾なし。
それを見てクゥーがぽつり。
「……引き算も舞台っすね」
少し成長したのかもしれません。
「歌舞伎って派手だけど、日常にちょっとした刺激をくれるんですよね」
クゥーが珍しく真面目に言います。
ロクは無言で味をチェック。
私はコーヒーを飲みながら思いました。
派手な舞台もいい。
でも毎日食べるのは、こういうサクッとした日常の味。
特別すぎない。でも、ちゃんと楽しい。
今日も厨房は、小さな笑いと小さな驚きに包まれていました。
今日の衣は気分次第。
味の保証は歌舞伎と一緒。
話はだいたい本当、舞台はフィクション。
クレームはクゥーが聞いてロクが無視します。
華やかな舞台も、サクッとした日常の味があってこそ。
大げさじゃなくていい。
少し驚いて、少し笑えれば、それで十分。
第15話 からし菜とツナとじゃがいものサラダ〜三人でつくる一皿〜