専業主婦に思うこと | 58才の希望と野望

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最近国は、男女関係なく、全員就業を目指しています。

3号問題もたびたび取り上げられているし、

いつか、この3号はなくなる可能性はあると思う。

 

なくす前に、お父様方の、(女性でも)、

有給を取りたいときに遠慮なくとれる、

定時に帰れる、が全員できてから、

それから、ではないかと思うが。

 

働く女性が、職場の白い眼にたえながら、もしくは開き直りながら、

定時すぎにこそっとオフィスを出、

お迎えやらをしなければ、子供どうするである。

 

国は、女を職場に送り出す前に、男を家にもどせと思う。

 

旦那の会社の年下同僚は、年の半分は日本にいないが、

子供3人、奥様えらい。

奥様、仕事にもどっているそうだがどうやっているんだろうと思う。

 

私の後ろの世代は氷河期世代だが、起業している女性が結構いる。

もしくは起業した会社に所属している女性。

国が働けというが、会社は生活など考えてくれないので、

やむを得ず起業という選択かと思う。女性のほうが、いろいろ一つ先をみている気がする。

 

専業主婦に話をもどせば、

私は病気治療後、年齢もあり、専業主婦状態である。

 

専業主婦というと、なにやら優雅なイメージだが、

やるべきことはやまほどある。

専業主婦の悲しい点は、仕事が、なにもなかったことにする。である。

 

部屋はいつもきれいなまま、着た服がいつのまにキレイになりもとにもどっている。

おいていた郵便物がいつのまにか仕分けされている。

飲んでおいておいたコップが、元に戻っている。

 

日常の当たり前を提供するので、ありがたみも感じられにくい。

道路がいつもきれいなのは当たり前、駅の通路がきれいなのはあたりまえ。

感謝しながら通ることもない、とくにこの日本では、

それに近いものもある気がする。

 

食事を作る習慣のない、体力のあるやつには、

食事作りに不満をこぼす理由がわかるまい。

 

献立作って、買い物いって、つかれきったところで料理を作って、三秒で食べられ、おいしくないとか言われ、

皿を洗いしまい、冷蔵庫の中にあるものを気にしながら、また献立を。

料理は大変である。

これを働きながら、子育てもしながらやってる女性にはひれふす。

 

通勤もないし、自分の裁量でできる部分もあるので、

体力にあわせてできることはありつつも、

国にいいたいのは、専業主婦をバカにしないで、である。

 

私の友人で、50代半ばまで親に食事をつくってもらい、家にいる人がいる。

 

私は子供はある程度の年齢になったら、(貯金ができるのはわかるが)

家を出るべきと思う。

とくに男。

私は18歳で出たが、母があたりまえのストレスのない生活環境を働きながらくれたということがよく分かった。

今でも食事を作りながら、田舎の広い家を管理しながら旦那の手助けもなく、

仕事をしながら親の介護もありつつ、おいしいもの、揚げ物などつくってくれたと感謝する。

アメージングだと思う。

 

アンチ仕事なわけではない、仕事は面白いこともある、なによりお金をかせげる。

子供とちがい、ある程度は思うようになる。

そういう、私でいられる時間でもあるので、仕事は否定しない。

自分がこれと思う仕事が見つかっていたら、人生の幸である。

でも同じく、専業主婦が向いてる人もいるし、人生の都合で、体力面で、

1日に二つの大きな仕事を両立できない人もいる。

 

専業主婦でいる人は、仕事をしてなくてはずかしいなんて思わなくていい。

一番大事な人に、快適な環境を、健康を守る食事作りに集中して恥ずかしいことはない。

専業主婦時代の時間管理は、仕事に大いにいかせる。

できる間は、専業主婦というりっぱな(でも認められない)仕事を、おおいに楽しもう。