すごく寝つきが悪い。
主人はすごく寝つきがいい。母も。
数秒で寝付く。
父は寝つきが悪かった、記憶にある父は夜に起きてきて眠剤を飲む。
そんな私も、眠剤を飲まずに寝ようとして、結局寝られず眠剤を起きて飲み、父の姿を思い出す。
大病もあり、仕事をやめ、ここ二年病気治療に専念し、
最近ようやくあれこれできるまでに回復した。
色々はじめると、なんで自分はこうも、何もできないのかとあせる。
あれこれやりたいことがありすぎ、でも何もかもが遅々としてすすまず、
恒例のパニックになる。
一つのことで、午前はあっという間に過ぎる。
毎日、えっ、もう昼、もう夕方である。
会社のときは、一日は永遠に思えるほどのろかったのに、
自分がしたいこと、自分のことだと、時間は高速に飛んでいく。
(年齢もあるだろう、年をとると時間はどんどん高速ですぎるらしい、こわ!)
あっという間に夜になり、毎日、未消化気分で、
「もう、寝なければ…」の時間。
最近読んだ本に、
気になることがあると良く寝れないので、自分宛て気になることをメールし、今日は終わったと、
全部忘れて寝るとあった。
なるほど、自分が良く寝れないのは、こういう理由もあったのかと腑に落ちた。
”今日もできなかった”、このうしろめたさが、もともとの寝つきの悪さをさらに悪化させている気がする。
寝付けない理由の一つがわかった気がした。
今日もやったという充実感がない、ある程度はやっているのだろうが。
良く寝るためには、たとえば日報的なものを書く、昼、夕方、夜にざっとやったことを書くことは大事かと思う。
それを読み、やることはやった、とまず納得、そして、やり残したことをメモし、頭からそれらを出し、
今日を終える。
カメの歩みであっても、進んでいる感がなければ、後ろ髪ひかれて今日に幕を引けない。
おなじく、朝も、さっとはじめられない。
やるべきことをやっている人が、週の終わりにその週の振り返りをする理由はよくわかる。
何をしたか、自分はやりたいことの今どの地点にいるのか、前に進んでいる感じがないと、
今日も、寝れなくなりそう。
大げさにいえば、
一日の終わりは、死ぬ間際とかわりないのではないかと思う。
人生も一日も、やりたいことは全部はできない、夢をかなえられる人は一握り。
大したことのない人生でも、それでも、山の途中までしか登れなくても、
よくやったと、自分に思えたら、良く寝れる、
この人生も悔いなく終えられるのだろうかと思う。
計画作りばかりも問題ではあるが、
やみくもに走っても、夜に走るようなもの。
一息入れ、すべきことを見直し洗い出し、やったことをこまめに書く。
(裏アカウントのtwitterにつぶやいたり、LINEで一人グループをつくり記録していくなどもいいかと)
なんてことを書いてたらもう一時間すぎた。