今日は、公民館文化祭の本番でした。

大正琴、民謡、コーラス、詩吟、体操、リトミックの発表の中、私たちは普段のソロのレッスンが多いところ、二重唱を3曲発表しました。


旅の夜風

ドロップス

森の水車


どれも歌いながら振付が入っています。

動画を撮っていただいたのを見て、普段ピアノに向かっているので見れていなかった振付が見れました。

旅の夜風は男女のデュエット。

よそよそしくならならいように。しかし、節度のある振付。

ドロップス、森の水車は女性2名で可愛らしい振付。


会場のピアノがアップライトピアノなので、配置の都合上、歌い手の方の気配を背中で様子を察知しておりましたが、小さなハプニングも会場の温かい雰囲気で和む感じでした。

森の水車の前奏では、ミスタッチで危うく水車が外れかかるところでしたが😅なんとか止まらずごり押しして😣、歌い手の方も影響されずに入れて胸を撫で下ろしました。


紅白幕の会場が、公民館文化祭の雰囲気を醸し出しております😁






直感とは。 


先日、会話の中で、今の時代は情報過多だし、直感を頼りにして判断することもありだよね。と話していたことがありました。 


数日前に聞いたのを思い出してました。

(最近、VoicyからSpotifyに移動)


為末大学 「直感とは何なのでしょうか?」


 「当てずっぽう」と「直感」の違い。

 とても整理されました。


 で、今朝見た最近ハマっているInstagramの「ゆみっこ」

 https://www.instagram.com/reel/DPM1FYwk1PI/?igsh=MWNhaHB0dzdqemN5Zw==


人は無意識に蓄積されたもので出来ている。


「カクテルパーティー効果」も共通ワード。


拾う、拾わない。

感じる、感じない。

ツイてる、ツイてない。


これらの理由の一つがハッキリする。


今までの経験をどうこう言っても始まらない。今、自分が欲していることに意識をちょこっと向け始めると、どんどん変化が起きる。

そして、自分の思考の癖を悔やんだり、否定するのではなく(だって、それなりにその時頑張ってやってきて得た生きる力のはず)、私はこういう傾向があるな、と俯瞰できると、風の通り道ができて、そこに「今」自分が欲している風が入ってくる感覚。


そうやってちょっとずつ、あぁ自分はダメだなぁから、私ちょっとスゴくない?に変化するのかもしれない。

この「私ちょっとスゴくない?」は、誰かと比較するというよりは、自分の感覚の話。自己肯定感は、周りの評価は無力とまでは言わないけれど、自家発電からきた自己を認めるパワーとは比べ物にならないと思う。


とか考えを巡らせながら、この世の中に沢山ある「幸せな自分」や「満足している自分」になる手段として、色々なアプローチがあるけれど、本質は同じで、アプローチの仕方が違うだけなんだなと思った。


外に出て、大自然の中の、ちっぽけな自分を感じるためのアプローチもあれば、

部屋に居て、心理学や哲学を学ぶアプローチもある。


為末大がよく「人(人間)に興味がある」と言ってますが、本当に面白いと思う。

複雑なようで、シンプルでもあり。


自分の興味がある分野の小さな偶然に(カクテルパーティー効果的には偶然でもないか)興奮する自分を感じながら、こういうのを好奇心っていうかもな、と思った朝でした。


今日は、毎年参加している会の本番でした。


毎月1回伴奏でお邪魔している「介護予防講座」の参加者有志が合唱で参加します。

講座は3人の講師がいらっしゃるので、月に3回は講座があります。

普段は誤嚥を予防するためや、滑舌をハッキリさせる練習、脳トレなども20分程やりつつ。私が伴奏に伺う時は、後の1時間強は、ひたすらリクエスト曲(講座で使う曲集の中から)をマラソンのように歌います(笑)

不思議なことに、ほとんど曲がかぶることがありませんびっくり

が、先日は、朝の連ドラの影響で「手のひらを太陽に」が5名もいらっしゃいました。童謡唱歌、流行歌、ラジオ歌謡、フォーク、演歌とジャンルは様々です。

毎回バラつきはありますが、40名ほどの参加者です。


今回の有志の方々は14名。

「鐘の鳴る丘」「もみじ」を歌いました。

この2曲を講座では皆で歌い、有志が出場する形です。


リハーサル室での声だし、舞台リハーサル、本番と。分刻みのタイムスケジュールに乗っかるだけでも一仕事ですが、

普段公民館で歌う時よりも更に皆さん気合いを入れられたのか、立派に歌ってらっしゃいました。


この会は、平和を願うことをテーマに選曲されることが多く。

反戦、核兵器反対を謳ったオリジナル曲や「ぞうれっしゃよはしれ」「死んだ男の残したものは」など。


平和ボケしている私でも、毎年この会で平和の大切さを思い直すきっかけを貰っていますが。最近は、世界の動きや、日本もなんだか雲行きが怪しかったりと、例年とはまた違った感覚で、平和の大切さをしみじみ思いながら聴いていました。


平和の為に、核兵器反対運動や他にも戦争を繰り返さないために活動されている人たちの歌声に触れながら、色々と考えてしまいました。

「歌」や「音楽」は、想いをひとつにし、気持ちをひとつにして、団結する役割もします。

反戦の気持ちを訴え、また、会場の皆さんとの想いの繋がりのひとつとして、「おー!」と曲中に掛け声を入れたり、何度も出てくるフレーズを一緒に歌ったりという場面があります。


私が、平和の大切さを感じたり、世界や日本の動きをちゃんと知っておくことが大切だと思うのは、今日改めて感じて噛み締めている状態で、自分は何にも知らないなぁ、知ろうともしていないなぁと思ったら、みんなの波に乗れなかったのです。


先日もニュースで、ガザの支援物資が空からパラシュートで落ちてくるのを争い奪い合う様子や、砂の上にこぼれた食料をかき集める子どもの様子を見て、普段の自分の生活とのギャップにショックを受けていました。

完全な平和ボケです。

そんな、ショックを受けているだけの私が、今日の会の参加で、日々平和を守ることに真剣に向き合って、平和を願い歌う方々と一緒に歌ったり、おー!と手を上げることが出来なかったです。


内省すると、多分、恥ずかしかった。

何にも知らない自分が雰囲気だけに乗っかる感じがして。


来年は、もう少し違った気持ちで参加出来るように、今ある平和の大切さに向き合って行きたいと思った1日でした。


今日は、約20年関わらせていただいている会の非公開のお楽しみコンサートでした。

お二人の伴奏。ソロを2曲ずつと、デュエット2曲。


タイトルの「有事」滝汗

久々の大きなやらかしでした。

1曲目は良かった。響く声も美しく。

問題は2曲目。

歌い手の方Bさんが、私のしっちゃかめっちゃかかき回した伴奏に折れることなく、また焦ったテンポにも関わらず、歌い上げてくださったので(相当邪魔をしましたえーん)止まることは無かったのですが。

今までミスったことのない箇所で、いきなり彷徨いました。よくピンチの時に周囲がスローモーションになったりすることがあるといいますが汗

彷徨っている最中、Bさんから歌いながら「どうした?あれ?もどってきて!」という空気を感じ、私は「意地でも止まらない!歌に追い付くから!やるから!立て直すから!」と心で叫びながら弾いてました。(とにかくでたらめのトレモロを継続したえーん)

途中から立て直し、全滅ではありませんでしたが、大いにやらかしましたえーん


本番録音したので、早速帰りの車中で聴きました。経験上、弾いている最中のぶっ飛びのミスは、大抵、客観的に録音を聴くと自分が思っているより、大したことがない、という、あるあるであってくれ、せめで自己慰めをしようと聴き始めましたが…。

いや、甘かったな。

やっぱり盛大に彷徨ってましたえーん


確かに、これは手強い伴奏の曲ではありました。しかもこの曲は、私の中でリベンジ曲でした。

前に、Bさんが風邪気味で、当日本番ギリギリまで迷って歌うのをやめた曲でした。

当時の、忘れもしないヒヤヒヤはこちら。


そうなんです。あの時も「有事」でしたえーん


あ、ここから言い訳がましいです。

長いです。長くなります。

しつこいです。


私なりに、対策を練りに練ったのに‼️

まず、この曲は譜めくりタイミングが無い。しかし、私は譜めくりを人に頼みたくないタイプでして。(側に人が居ると緊張する)

普段も、譜めくりはなんとか楽譜に細工をして乗り切っています。

前回取り組んだ時の、縮小コピーは、最近特に感じ始めた老眼により使用却下。

譜めくりが自分で出来、かつ小さくし過ぎないように、譜面作成ソフトで、数日かけて1音ずつ打ち込み楽譜を作りました。

また、前回は眼鏡を変えたばかりでしたが、今回はまた10日ほど前から見えづらく、眼鏡やさんで鼻当て、ツルの調整で点検済み。問題クリア。

前回、本番明かりに苦戦したので、練習時に、部屋の明かりを消す(昼間真っ暗ではない状態)などもやりました。

危なっかしい場所(間違えやすいとわかっている場所)の対策も念入りに。

しかし、予想もしない場所でのハプニングガーン

本当にBさんには申し訳無かったです。この曲をいつも爽快に歌い上げてくれるので、伴奏してても(難しいけど)好きな曲だったのに。

無念ですえーん

止まらず歌いきってくれたBさん、ありがとう、そして申し訳ありません。


もう一方の歌い手の方Aさんの伴奏は、私なりではありますが、ベストを尽くしました。最近弾いていない古典の作品。丁度良いテンポが定まらず、歌い手の方から、最後の合わせが終わって数日後、LINEでテンポ設定の目安の数字(メトロノーム)をいただいて、合わせをすることなく当日のリハーサルでしたが、なんとか行けたように思います。


2重唱も、合わせで勉強したことを練習し、当日リハーサルでも色々調整もありましたが、やるだけのことはやりました。


Aさんは、合唱の指導者でもあるので、ソロのみの方とは違う、特有の音楽の捉え方があってこれも勉強になります。

以前、別の方ですが、合唱指導されている方の伴奏をさせていただいた時の感覚も同じでした。

伴奏の音の聴き方がとても和声的です。

バランスの要求も繊細です。

あー、私、そこ全然聴いてないや、とか、意識した途端に別の音が聞こえてきてびっくりすることもあります。見てるようで見ていない、聞いているようで聴いていない。

今回も、勉強させていただきました。


この会に誘ってくださった方が今日聴きにいらしていて。

「今も音楽続けて弾いてくれていて嬉しい」

と仰っていただきました。

30代前半、地元に戻って来て、この会に誘っていただかなかったら、私はピアノを続けていたかどうかわかりません。


出会いとタイミングで今の私があります。





今日は年に2回行われる、声楽発表会でした。2人の伴奏者で分担しました。




趣味で声楽を学ばれている方々が、日頃の学びの成果を発表します。

今日を向かえるにあたり、出演者の中には、色んな困難もあったようです。

体調不良で思うようにレッスンが受けられなかったり、リズムに不安を残して当日を向かえてしまったり。

しかし、最後まで逃げずに真摯に向き合って今日を向かえたことは素晴らしいし、大切なことだと思います。


今日思ったのは、やるだけのことをやったなら、最後は、開き直りざっくりとした目標を定めてその実現に向けて努力することだなぁということです。


どうしてもぬぐえない「不安」を残して当日を向かえることはあります。でも出来ないことにこだわり続けて、今までやってきたことまで全て「不安」に染めるか、「不安」の存在は消せないけれど、最小限にとどめて、自分が今出来ることを最大限に引き出そうと注力するかです。


これは、「自分を大切にすること」だと思います。自分なりにでも頑張ってきたなら、「できていない不安」はちょっと脇に置いて、頑張ってきた自分の良いところを生かせるように意識を集中させること。


理屈ではわかっても、簡単なことではないです。


ギリギリまで、舞台袖まで、不安な気持ちがあっても、一歩ステージに踏み出したら、腹をくくる。前を向く。逃げない。


舞台慣れしている人や、何も事情を知らない人から見たら、まだまだ自信無さ気に見えたとしても、その人が自分で何とか「不安」に立ち向かったということは、今後の大きな助けになると思うのです。

その積み重ねが、自分のギリギリを知りながら、自分の弱いところも、自分の頑張ってきたところも上手にバランスよく知っていくこととなり、充実感を得ながら学ぶことが出来るのだと思います。


私は伴奏者として、当日までの出演者の苦悩など裏側を知り、それを何とか支えフォローすることが使命だと思っています。

伴奏者としても、何が起きるかわからない状態(何か起きる確率が高い状態)は、未熟者の私にとってドキドキはします。

しかし、何とか一緒に乗り越えたいと、私も同じく「不安」を持ちつつも、この発表会をあたたかい場にして楽しむ空気作りに注力します。


でも、これ、この考え方、全くフィールドが違う人から見たら、この渦巻く自分との闘い、一体何のことやら、と理解出来ないと思います。

やってもやらなくても良いことで、何を勝手にもがいているんだ。と。

そんなに辛くて大変ならやめときゃいいのに。

ごもっとも(笑)


時々、自分を外から見ます。

こんなに自分を追い詰めることを繰り返すなんて、ある意味マゾなんじゃない?と。

そうだな、マゾだな。


他人から見たら、何だそれ、と思われるような、小さな小さな自分の成長や達成感を糧に、それを続けて、やりがいを感じたり、生きてる実感を得たり。

その喜びを味わう環境が贅沢なことなんじゃないかと思ったり。


価値観は人それぞれです。

それで良いのです。


伴奏者の使命、なんて言っちゃいましたが、私は私で、自分の問題もあり。

老眼?衰え?リハーサルのステージ明かりの具合で、譜面の見え方が変わりドキドキしました。

目を見開けばピントが合う?とか、舞台スタッフの方に「これ、本番明かりと同じですか?」と質問したり。焦りましたが、幸い本番明かりに助けられました。


あと、冬の発表会では、ご一緒出来ていたSさんのことを何度も思い出してました。

3月に亡くなられて、今日までに何度も思い出す機会がある位、私にとって学ばせていただくことの多い方でした。


冬と同じ会場だったので、今日リハーサルで朝集合した時も、あぁSさん「おはようございます」っていらしてたな、とか。舞台袖で、このあたりのパイプ椅子に出番待ちで座ってらしたなとか、思い出してました。


本番が終わり、Sさんの奥様が声をかけて下さいました。Sさんの写真をショルダーバッグに入れて聴きに来ましたと。レッスンいつも楽しみにしていましたと。

奥様も泣いてらして。胸が熱くなりました。

伴奏曲の楽譜を人別にわけてファイリングしているのですが、Sさんのやりかけた楽譜がまだずーっとそのままにしてあります。お悔やみにも行けないままだったので、私の中で気持ちも楽譜も整理できていませんでした。

しかし、奥様とお話することが出来て、Sさんのことを受け止められた気がします。

奥様、Sさん、ありがとうございました。


色んな方々と接することで、色んな人生を知り学ばせていただいています。