先日、

「図書館のバリアフリーについて考えよう」

というワークショップに参加してきました。

 

この企画を運営している団体に関わる方と繋がりがあり、イベントにお誘いいただいたことをきっかけに、今まで数回参加させていただきました。

どれも、いつも、あぁ参加して良かったと思えるものばかりで、毎度目から鱗が落ちる思いがします。

 

私の住んでいる市のお隣の市が、新図書館を作ることになり(2018年秋に建設候補予定地について新聞で発表された)

新図書館を作るにあたり、市民の声を反映すること、その声の実現に向けて活動をする団体が立ち上がりました。

その団体の企画に時々参加させてもらっています。

 

ワークショップでは市民が様々な立場で意見を出し合い、それを参加者で共有して、団体がまとめて市長提言をしています。

 

活動は様々な方向から図書館を見たテーマを元に行われています。

 

今回「バリアフリー」をテーマにしていて、特に興味を持ちました。

私の母が一時的ではありましたが、車椅子を使う期間があり、公共施設を利用する時に車椅子の設置場所や移動に伴う施設の構造、サービス利用のシステムなどについて注目したり体感する機会を経験しました。

車椅子だけに限らず「バリアフリー」を少し気にするようになりました。

 

今回のワークショップでは、前半「図書館における視覚障害者等サービス」と題した、市立図書館からの出前講座を受けることができました。

最初から私は「おっ!」と衝撃。

登壇される方が視覚障害者で、パソコンを操作されていました。

パソコンの読み上げ機能が作動しています。

 

あ、これか。

そういった機能があることを思い出しました。

実家で両親が使っているタブレットが、意図せず、TalkBack機能が作動してしまったことがありました。

「なんかタブレットがしゃべってくるん!」とSOSを出して来た時に直しに行き、あちこち触っている時にその機能を知りました。

 

講座では、図書館で行われている「視覚障害者等サービス」についてのパンフレットが配られました。

パンフレットに大きく書かれた

「誰もが読書する喜びを」

ハッとしました。

 

パンフレットの内容が紹介され、資料として用意された実物にも触れることができました。

 

それらは案外自分の身近なところにあったことも思い出しました。

 

立体コピー機:発砲インクで熱を加えると印刷部分が盛り上がる。文房具店でそういったペンを買ったことがありました。

印刷会社の大がかりな特殊印刷のみかと思っていましたが、コピー機があったとは!

 

大活字本:公民館の図書コーナーで見つけたことがありました。老眼の私にもやさしい。

 

LLブック:「やさしく読みやすい本」やさしい語彙や短い文章で読みやすいように工夫された本。私の住んでいる市に展示されていたのを手に取ったことがありました。(視力が弱く長時間読むことが難しかったり「視覚障害者等サービス」の「等」にあたる部分に該当する、知的障害や日本語がまだうまく扱えない方にもやさしいと思いました)

 

点字資料:真っ白な紙に点字や絵、図表を表したものと、見える人と見えない人が一緒に楽しめる、点字付き触る絵本もありました。「一緒」かぁ、そうだよなぁ。一緒に楽しめるって幸せも大事だよなぁ。

 

デイジー(DAISY):デジタル録音資料の国際標準規格。音声デイジーとマルチメディアデイジーがあり、見え方に合わせて寄りそってくれる規格。データ化することで、アナログでは補えない課題を沢山クリアできると感じました。

 

他にも、読書支援機器の館内館外利用についてや、対面での音訳サービスなど。

手厚い。

まだまだもしかして、当事者からしたら、不便なこともあるのかもしれませんが、何も知らなかった私には、驚くことがいっぱいでした。

 

サービスに関して沢山書きましたが、講座で配られたレジュメには、時間の関係で触れられなかったことも含め、視覚障害にはどんな種類の障害があるかや、障害者権利条約についてなど、社会背景にも触れることができました。

SDGsの「誰一人取り残さない」が読書に通じていることも述べられていて、全く見てこなかった意識していなかったことを知る体験でした。

 

人として当たり前の欲求に応えることのできる社会を作ることの大切さを思いました。

 

後半の、グループに分かれた参加者が、新図書館に必要なバリアフリーについて意見を出し合う時間もとても有意義でした。

参加者のそれぞれの立場ならではの意見がありました。ご自身が視覚障害者の方、お子さんに知的障害がある方、御高齢の方など。

既出の意見かどうかや、実現の不可なんかを、つべこべ考えずに意見を出すタイムスケジュールも、ある意味大事なことだということも感じました。

そこに集った色んな立場の人たちが感じたことを出す。

そしてそれに触れられるのは、そこに参加した醍醐味だと思いました。

(敢えて、この体験は知る喜びだったので「醍醐味」としました)

 

あぁ、今回も参加して良かったです。

 

帰りに、私の住む市の図書館に寄りました。

図書館によってサービスに差があるということだったので、知りたかったからです。

 

話が早いと思ったので、配られた図書館の資料を見せて、このようなサービスはこの図書館にありますか?と。

対応してくださった職員さんがとても興味を示してくださいながらページをめくり、心から残念そうに、うちはこういったサービスがとても少ないのです。(小規模ながらもいくつか対応されていることを教えてくださいました)利用者もほとんどいないのです。すごい、さすが人口も多い〇〇市ですね。でもうちの市も小さくは無いので、必要なことだと思います。館長にこのお話しを通しておきます。と。

また、その職員さんは研修にも出向いているそうで、その体験も少し話してくださいました。その中でも、やはりバリアフリーに関して、日本はまだまだ当事者やその家族にならないとなかなか感心が薄いですよね。と。(まさに私がそうです)

 

ここで、戸惑って実行しなかったこと。

私の住む市の図書館の人にも、本当はこういった企画に参加してくれると嬉しいなぁと思っていましたが、伝えなかったのです。

私は単に、知って欲しいと思っているのですが、変に伝わって団体に迷惑を掛けなくないという気持ちが働きました。

頭の中をぐるぐる。このような良い企画を広めたり、また他の図書館の人に知らせるのはどうしたらいいんだろう。

これはまた追々。

 

国、県、市町村でのバリアフリーに関しては、それに使える予算の影響は大きいです。

その予算を動かすのも、実行するのも、それを発展させるのも、「人」です。

最近の義務教育現場を知らないので、なんとも言えませんが、義務教育の段階での体験をもっと工夫することも大事ではないかと思いました。今を変えることと、これからに影響することにも並行してアプローチしていくことが必要な気がしました。

 

私の市の図書館も随分利用させてもらっています。

まだmamoが小さい頃も、度々利用してきました。

(このブログでも「図書館」で検索したら随分出てきました)

タダで使えて(下世話な表現ですみません)、まだまだ使え切れてないサービスもあったりする図書館。

もっと色々知っていきたいです。

 

昨日、父の誕生日でした。


仕事が休みの姪っ子が、実家に遊びに来るとのことで、私が姪っ子大好きなのを知っているので、声を掛けてくれて、4人で食事に行きました。

(何度かこういったチャンスを逃していたので、念願のチャンスでした)


相変わらず、私からの質問に屈託なくポンポンと答えてくれるのですが、表情やレスポンスの速さは確かに「屈託がない」のですが、発する言葉には、人や状況の観察をしているのを感じます。

誰から教わるでもなく、姪っ子本人が経験から編み出した一つの「生き方」の軸を持って判断して行動していて、感心しきり。

姪っ子の中にある「正義」とか「愛情」が、どこからか借りてきたものや知識から来るものではなく、心底、内から出てきた「あり方」で、潔く気持ちがいいのです。

姪っ子が大好きなのは、その感覚に触れると、さーっと掃除をされたかのような感じになるからです。自分の周りがシンプルに白く一掃され、あたたかさが残る感じが癖になり、会いたくなるんじゃないかな、と振り返ります。


大学を卒業して働き始めた姪っ子の近況を聞きながら、私が最近ハマっているvoicyの為末大学の一つのテーマを思い出していました。


このvoicyはYouTube動画から作られているので、YouTubeに見に行っていろんな方々のコメントを読んだら、更に考えが深まりました。


https://youtu.be/pp7vLVkbXyk?si=u98OOuR0cNpL3eWX


若い姪っ子が、自分の感覚を彼女なりに言語化し、深刻に相談するでもなく、現状を話しているのを聞きながら、一瞬、自分の中に現れる老婆心を感じつつ、直ぐ様、彼女の直球な素直な感覚に、これこれ、このシンプルさは最強❗真髄❗とパワーを貰うのです。


あぁ、良い時間でした。

今日は、今月3つ目の最終本番日でした。

毎月1回やっているヴォイストレーニングのクラスの「おさらい会」です。

いつもレッスンがある部屋(公民館の一室)で、お互いの成果を聞き合う、内々の発表の場です。

一度リハーサルをして、その後本番。

靴も履き、洋服を着替える方も。

(歌のイメージに合わせて洋服を選んだ方もみえました)


司会進行も入り、ピリッと気持ちも引き締まります。(私も一緒に緊張)大切なのは、そのとき出来ることを精一杯出すこと。このような場を経験することは、良い刺激になるように思います。いつもと違う自分の発見があったり。

緊張もするし、どうしよう。と思いながらも、やり遂げたときに得られる感覚は、挑戦したからこそ得られるのです。

みなさん、リハーサルからまた一歩前進して歌われました。


今月は5/5、5/18、5/23と本番盛り沢山でした。

やっと一段落。




今日は、2人の歌い手、Sさん、Nさんのジョイントコンサートの伴奏でした。

お二人のご縁のある方を35名ほどお客様に招いてのコンサートです。

お二人は師弟関係で、過去にNさんはSさんにピアノを習っていたそうです。

今は、Sさん、Nさんが同じ声楽のY先生に就いていて、私はそのレッスンの伴奏をしています。


Sさんは長く合唱で活動されていましたが、ソロでの本番は初めて。

声楽でステージ経験もあるNさんが、ピアノの恩師のSさんとのジョイントを強く希望され、

Y先生も、折角、ソロを学んでいるのだし、コンサートをしてみては、という話があがりました。


Sさんはドキドキ初体験。

ソロの発声での本番。

歌う前の合図の出し方。

ピアノに対してどこに立つか。


どうなる?と心配なこともありましたが、Sさん、立派にやり遂げられました。

Nさんが司会進行も担われ、お客様との距離も縮まり雰囲気のよい中で演奏出来ました。


明かしますが、Nさん65歳、Sさん82歳。

Y先生90歳。


チャレンジは、年齢関係なく、思い立ったら、迷わずやりきる、ということに尽きます。


今回、私もSさんと同じく初体験のことがありました。2つあります。


初体験だったこと


①1つのコンサートを全曲伴奏すること(全曲17曲)

➁編曲作品を編曲者直々にレッスンしていただけたこと



①1つのコンサートを全曲伴奏すること(全曲17曲)


話を聞いた当初は、私に出来るのか?と迷いもありました。しかし、小さなお子さんたちの歌の発表会の全員の伴奏をしたり、介護予防講座で、沢山のリクエスト曲を弾き続けることをしてきて、ある意味、タイプは違えども、体力、集中力共に、スモールだけどステップを踏んで準備出来てるはず❓❗と、無理矢理自分を自分で説得しました(笑)

しかし、今回の内容はがっつり日本歌曲のラインナップ。



本番が近付いてきたら、体力、集中力が持つのか、1日に数回通す練習も取り入れて、流れをつかめるようにしました。


➁編曲作品を編曲者から直々にレッスンしていただけたこと


Nさんの曲の中に、私も存じ上げている共通の知人の作曲家Oさんに編曲を依頼した曲が3曲ありました。

今回、Oさんがレッスンに立ち合ってくださり、編曲する際に込めた想いを直々に教わることが出来ました。元作品の背景、歌詞から読み取った世界観を言語化して伝えてくださった熱意と、編曲者魂に触れて、作品を作り出した経緯を編曲者本人から教わることが出来たのは、とても貴重な経験でした。


Y先生にも本番を聴いていただけて、それも本当に良かったです。Y先生、お元気ピンピンされておりますが、先日レッスンの時に、同様にピンピンされていた同級生を突然亡くされたと聞きました。「元気にしていても何があるかわからないんだから、やれる時にやりたいことやらないとねウインク」と。私たちの背中を押して下さいました。


実は今回、とてもとても重要な役割をして下さった方がいました。

リハーサルから駆けつけて下さった音楽経験の豊富なIさん。私はいらっしゃるとは知らず、Nさんの配慮で声掛けしてくださったようで。

今回の会場がカフェレストラン。

発表会にも使うような場所(4月の発表会もここでした)なのですが、ピアノも客席も移動が自由な事もあり、ベストポジションを探すのはなかなか難しいのです。

Sさん、Nさんの声量の差、曲のタイプ、私のコントロールの力量などの条件から、客席を移動したり、歌い手の立ち位置を決めたり、ピアノの蓋を開ける高さの調整も、リハーサルを聞きながらパパッと要点を押さえて判断指示してくださいました。(ピアノの蓋は2段階調整のみだったので、レストランで急遽、必要な高さの箱をお借りし、黒画用紙で包み対応しました)

演奏者3人が信頼している方の判断は、すごく心強かったし、そのチェックの手際良さに感動。

コンサート終了後に真っ先にお礼を言いに行きました。「バランス良く聞こえたよ」と言っていただき、嬉しかったです。


また、Sさんは、父と小学生の頃の同級生。母とは音楽関係の協会での知人だったので、貴重な35名の中に両親を入れていただき、聞いて貰うことも出来ました。


今回は、枚数も少ないし、家庭用プリンターで案内状とプログラムも作りました。

シンプルな白い紙だったので、パンチで角を丸くしたり、プログラムは折り筋をつけたりと、紙フェチとしては、楽しい作業でした✨



5月の本番は残すところあと1つ。

コツコツ、頑張ります。

今日は、たまたま知人から誘ってもらったご縁で、とある研究会の企画に参加しました。


某有名クラシック音楽事務所で、マネジメントに関わってこられた方が講師で、お話を聞いた後、自分たちでもイベントを企画してみよう、という会でした。


私は普段、自分の演奏する場は、団体に所属したり、誘っていただいたり、と受け身の立場ばかりです。企画することの大変さもなんとなく知っていたので、自ら何かを企画するなどということは縁遠いと思っているような私が、参加しても良いのか。と思いつつ。

折角のご縁、色々なコンサートやイベントを企ててこられた方のお話を聞いてみたい。裏側がどうなっているのか興味がある。知らない世界を知ることで何か得られるかも。という好奇心で参加しました。


結論から言うと。参加してすごく良かった!


講師の方の経歴も、かなり興味深かったです。

その業界に足を踏み入れる流れ。

私としては、高校2年生の息子mamoを持つ親としても、その年頃の若者が、将来のことを考えたり、「働く」ということを念頭に置いた時、講師の方が、当時どのように自分が何をやりたいかを考え、行動し選択してきたのかのお話に大変興味がありました。

もう、そこの部分だけでも、高校の探求の授業として成り立つんじゃないかと思うくらいでした。


某有名クラシック音楽事務所で、マネージャーをされた演奏家の方々も有名どころ。

講師の方のお話の中に、マネージャーとして経験が浅い頃の失敗も、演奏家の方々は人格者が多かったので、成長していけば良いからと助けられたと仰っていたのも印象的でした。

私も、一時期、ある会の演奏会のお手伝いをしていました。四日市に質の良い演奏会をと、主宰の方が東京に出向いてコンサートを聴き、演奏家に直談判をして招致するという、主宰の骨太な意志を持った会のスタッフをしていました。名だたる演奏家と、メールでやり取りをしたり、年2回の会報に載せる原稿依頼のやり取り、時には本番の譜めくりや準備にも携わりましたが、不慣れな私にも、とても寛大で本当に皆さん人格者ばかりでした。

やっぱりそうなのか❗(人格者が多い)と、頷きまくり。共感できて、それも嬉しかったです。


自分たちで企画を企ててみよう、というワークショップでは、「音楽」というものが、私自身の中で、どんな位置付けになっているか、あらためて考える時間でした。

公の企画として考える際、やはり自分の身の回りや経験の延長線上にやりたいことが見えてきます。

最近よく考える

The personal is political.

公と政治を近いものとして意識します。

音楽の仕事上は、年配者と接する機会が多いです。プラス、最近自分の親たちのことを考える時間が増えたりしたこともあり、高齢者にとって、何が楽しみか、何が生きがいかということに気持ちが動きました。

また、音楽とは別の仕事で子どもと接する機会もあります。親や大人のペースに巻き込まれて、子どもならではの時間の余裕や、子どもの存在の役割を発揮出来る場が少ないなぁと思っていたことも浮かんできました。

「音楽」を通して何が出来るのか。

2人1組で話し合い。短い時間での企画案でしたが、それら(高齢者と子ども)を組み合わせた企画が思い浮かびました。自分でも突っ込みどころ満載だなぁと、企画内容に脆弱さの自覚はありましたが、講師の方の肯定的なアドバイスに、なるほどーと感心しきり。その柔軟な発想も流石でした。


また、講師の方の企画へのアドバイスで、「お金」

の扱いや、「お金」の持つ力や生かし方についても、意識を向けることになりました。

「働く」ということ。

それには、対価も必要。また、財源となる企業や団体を巻き込む際、相互のメリットを分かりやすくハッキリさせる道具でもある「お金」。


また、企画を伝えたい人に、魅力的なものとして伝えるための「言語化」の力。


最近、気になっていたり、考えていたキーワードが、今回参加して、ピビピ、と繋がることがたくさんあって、とても有意義な時間でした。


紹介していただいた本も2冊。早速ポチりましたウインク


今日の「取り敢えず参加してみた」は大成功でした。