昨日は日本歌曲を学ぶ会の「日本歌曲と詩人の想い」のシリーズ化されたコンサートの第2回目「谷川俊太郎の詩による歌曲」でした。谷川俊太郎に興味をもたれる方が多かったのか、大変盛況でした。
一つ前のブログに書きましたが、本番前日に瞼が腫れるというハプニングもありました。
しかし、対処も出来たし、本番にはメイクも無事出来て良かったです。
今回の譜面は今までの中で一番易しく、初見でも弾けるような譜面でした。が、歌い手の表現次第でどうにでもなるので、それだけやりがいのある作品だと思いました。
今回も、会の指導者・コンサート監修の塚田先生が、各歌い手の特徴を把握して曲を選んでくださいました。
曲は、林光作曲の3曲。
「歩くうた」
「夫婦」
「きょうがきた」
「歩くうた」は合唱曲にもなっていて、YouTubeで検索すると、合唱団員が歩く演出も見られます。実際、林光が音楽監督、座付作曲家をしていたこんにゃく座のYouTubeも劇団員がさまざまな歩きを表現しています。今回の歌い手Nさんも、唯一無二のさまざまな歩きを表現されました。
歌だけを聴いても、情景が目に浮かぶのですが、今回は録音だけでなく、録画で動きをチェックしたりと、ピアノを弾く私もNさんの動きを把握して、さらに気づくことが多かったです。
兎に角、私はこの曲の生き生きしたカッコいいリズムが大好きでした。
「夫婦」長年連れ添った(歌詞では25年とある)夫婦の日常。Nさんが男女を演じ分け、その歌詞に心当たりのある年代が多かったのか、演奏中の「それな❗」的な反応をお客様が素直に出せる空気も演奏中感じられて良かったです。
この曲もかなりシンプルなピアノ伴奏でしたが、夫婦の様子をそばでながめるように弾きました。
「きょうがきた」今はない竹野塚北小学校の校歌でもあったそうです。学校が無くなっても、幼稚園や子どもの集まりで歌われていたりするそうです。元気一杯の子どもの歌ですが、素朴なだけにジーンと来ます。
(詩一部)
きょうがきた きょうがきた
とってもだいじな きょうがきた
きのうはしらないことだって
きょうはきっとよくわかる
老若男女に共通する、とても素朴で大事なことが詰まっています。
この曲は、楽しく、希望に満ちて弾きました。
今回、楽譜入手に大変苦労しました。
作曲者と曲のタイトルのみをいただき、そこから調べます。
選曲してくださった先生にお願いするのも一つの手段ですが、なるべく自力でと思い、調べ始めました。
すでに楽譜は絶版、出版社も存在しておらず、普通に購入できないものでした。便利な時代です。インターネットを利用して、どんどん調べていくと、その過程で沢山の「学び」(作品に関することから、全く関係のない国会図書館の使い方や、著作権のことなど)があります。
私の性分なのか、追究が止まらず、何時間もパソコンの前にいたこともありました。
林光・歌の本というタイトルで、本が4冊出版されており、今回の3曲のうち、1曲だけが含まれている本は、古書で手に入れました。(割高だったけど、欲しかった)あとは、知人を頼り、知人の知人にお願いするという過程を経て入手出来ました。その際に、面倒がらず快く協力してくださったことにも感謝します。(作品に対する音楽家魂を感じました)
3曲共通するのは、譜面には強弱の指示がないこと。(アクセントなどはありますが、cresc.やフォルテ、ピアノなどの指示は無し)
唯一手に入った本の他の作品も見てみましたが、強弱指定があるものがとても少なかったです。
言葉や内容で自然に強弱がつく、とも言えるし、部分によっては解釈の自由ということも言えます。歌い手がどう伝えたいか、言葉を伝えるのに妨げにならない伴奏とのバランスやタイミング。大変でしたが、興味深く面白かったです。
しかも、今回は、とくに組曲になっているわけでもないこの3曲を、連続で演奏する演出を塚田先生がされ、それをNさんが解釈し自分の表現として作りました。
関連性が一見無さそうな作品を、どんな流れで持っていくか。全くタイプの違う「林光」の作品を並べるのは、林光をより体感できて面白かったです。同じように「谷川俊太郎」の詩のバラエティの豊かさも体感できる選曲でした。(今回のコンサートそのもの全体がそういう趣旨でもあると思うのですが)
もうひとつ、今回は色々な「縁」を感じたことが重なりました。
それは4つあります。(今回は長いよ)
1つめは、つい最近Nさんのお弟子さんが、「歩くうた」を歌いたいと選曲してきたので、伴奏をしたところでした。好きな曲でしたし、これ?キターーーーーーって感じでした。
2つめは、随分前に、日本歌曲を学ぶ会でピアニストもやりたい曲をいくつか挙げましょうということがありました。その時、図書館で谷川俊太郎のものを借りまくり、ラジオのアーカイブなど検索しまくり、TV番組にも触れたりと、はまっていたということもありますが、いくつか谷川俊太郎の詩の曲を挙げました。(今回の曲ではありませんでしたが)
3つめは、曲を渡されて、調べ始めた時に、手元にあったのが、
2017年にNHKのBSで放送された録画のDVD。
母がたまたま塚田先生の出演ということと林光の特集だったということで録画してくれていました。そこに、なかなか演奏記録の無い、「夫婦」の演奏も!しかもその歌い手は、Nさんの師匠を同じくするご縁のある方。
その時点で大興奮!
4つめは、「きょうがきた」作品の特徴から考えて、ある時のことを思い出しました。2004年、林光のイベントと演奏会に母と九州に出向きました。これはなかなかない行動で、これもご縁だったと思います。
長くなります。
あるご縁で、地方である四日市で、質の高い演奏会をと、主催の故人K先生が都市の演奏会に出向き、演奏家に直談判をして四日市にお呼びするという企画をしていた会に10年ほどスタッフとして関わっていました。2004年はまだ、スタッフとして参加していませんでしたが、母とK先生と繋がりがありました。
K先生のごきょうだいが、九州でもそのような活動をされているということがあり、林光さんを呼んだ演奏会をされるということでした。当時、特に林光にすごく興味があったというわけではありませんでした。とても好きな三重県出身のピアニストと林光さんが連弾するということもあって、その勢いで行ったように思います。
その演奏会の前夜祭的に、素敵な木造の保育園で、林光さんもいるところで、小さな子供から大人まで沢山の林光作品が演奏されました。とても、「平和」と「自由」を意識した会だったようにも思います。
長くなりましたが、そこで手に入れた、その会オリジナルの42作品をまとめた歌集のことを思い出しました。
「きょうがきた」はそこに入っている気がする!!!
メロディ譜でしたがやはり存在しました。
興奮!!
K先生のそばでスタッフをしていた時、「平和」や「自由」に関して、強い信念を持っておられるのを感じていました。それが、今回色々と思い出すことによって、浮かび上がってきました。
当時さほどその重要性に気付くことなく、なんとなく受け止めていたことが、今、林光の曲に触れることによって見えて来た気がします。
振り返るとやはり、ちょっと特別な想いのあるコンサートでした。
曲の背景を知ることや、それに付随する自分の経験が演奏表現の何に役立つのか。
それを重要視する人しない人、実際演奏効果として現れるか否か。それは別次元の問題なのかもしれません。
しかし、作品との関わりが多面的に多ければ多い程、あーだこーだと思いめぐらすことの楽しさがありました。
そして、譜面が簡単だという余白のおかげで、Nさんとのやりとりや、反応、曲自体を楽しむ余裕があったのが最高に幸せでした。
余談:
Nさんが動く表現をされるから、衣装はドレスではなくパンツで。ということだったので、合わせて私もパンツにしてみました。
しかし、身体の線を拾わない衣装を探し(笑)
SHIINで揃えた!!
これも面白いから記録に載せておきます。
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