今日は趣味でグループレッスンを受けているジャズの先生企画のコンサートに参加しました。
先生の事務所兼スタジオが、温泉施設にあるので「湯上がりコンサート」
楽しかったー。
鳴り物を持って参加してもいい。
先生のレッスン生だけでなく、音楽だけでなく参加できるらしいです。(漫才、落語、読み聞かせも
)
今回は、レッスン生がボーカル。
エレキギターボーカルユニット。
ウクレレ。キーボード。
鼻笛。
朝ドラ大好き小学生女子が、「ラッパと娘」を歌ったのを聴いてなんだか心熱くなったり、お兄ちゃんの為にウクレレで「ハッピーバースディ」を弾いたのを聴いてほっこりじーんとしたり。
お坊さんと郵便局長のギターユニットの楽しそうな姿に、仕事以外のもうひとつの顔があるっていいな
、と思ったり。
鼻笛は、前回別の企画で聴いた時に音色と楽器の携帯の手軽さにやられて(心奪われて)以来、ずっとバッグに入れていて、運転中、渋滞にはまれば取り出して練習したりするので、前回とはまた違った聴き方で楽しみました![]()
ボーカルも、ソロ、夫婦デュオ、私たち3人のアンサンブル。いろんな形で。
夫婦デュオも良かったなー。誠実にストレートに歌う姿は「想い」が伝わるなぁと思いながら聴いていました。
私は今回、私的事情でレッスンをお休みしたりして、出られるかな、と思っていたのですが。
ちょうど1年ちょっと前にアンサンブルで本番で歌った、ビリー・ジョエルの「for the longest time」をもう一度やろうとレッスン仲間が誘ってくれて。しかも、先生がパート別の練習音源を作ってくださって、移動の車中でリピートしまくって聴いたりしてなんとか間に合いました。
そして、とんでもないことに、3日前の最終レッスンでソロ曲も歌うことに決めるという
。ちょうど「for the longest time」の本番の時に歌った、ボサノバの「O Barquinho」ポルトガル語で。(もちろん歌詞は見ながらですが
)
どうしてそんな事態になるか。
大元は、先生の懐の広さと深さと、ジャズというジャンルの面白さ。
私がずっと学んできたクラシックの世界は、全てがそうとは言いきれませんが、少なくとも私が知っているのは、準備が念入りです。勿論、本番の産物を経験することはあります。しかし、クラシックは楽譜に忠実、再現の芸術、本番までに作り上げてきたものをいかにそのまま出せるかに重きをおくように思います。
確かに「本番の産物」もあります。歌の伴奏だったりすると、歌い手の様子に反応したり、観客の雰囲気や反応で、自分の中の何かが動かされたりします。
しかし、ジャズはまたそれとは違う次元の自由さがあります。技術が伴えば尚更、その場で作り出すアドリブ的な要素が強いように思います。
そういう世界で鍛練を積んできた先生だからなのか、先生のキャラクターなのか
、「何でも来い」の懐の中で泳がせてもらえる安心感があります。
「湯上がりコンサート」の主旨とマッチングして、3日前のレッスンで先生が「無理強いはしませんが、やりましょうよ
」と促して貰ったソロ曲も、えぇい❗やっちゃおうかな、という気持ちにさせて貰えたのです。
クラシック的感覚からは程遠い、真逆に近いこの感覚が私をいい感じでほぐしてくれます。
あと、私の中に、こういうもんだと積み重ねてきた、準備や責任感の価値観を、良い意味で覆してくれます。違う価値観を見せてくれます。
しかも、色々とプロの厳しいジャズの世界も承知の先生が、自ら立ち上げた企画で、大丈夫だよ、やってみましょう、という場を作ってくれる安心感。
今日の場は「湯上がりコンサート」ですが。
音楽に関わらず、ジャッジや評価、比較、批判、こうあるべきの世界に疲れた人は、何かしらここで、何も恐れず自分を表現できる体験をすると、温泉に浸かってほぐされるように、本来の自分を取り戻せる気がします。
観客で参加しても、その空気は感じるし、ステージに立てば更に、気づくことが沢山あるように思います。手拍子する、会場に置かれた鳴り物を使って鳴らす、あーーー楽しかった。
私の周りの大切な人たちに、是非経験して欲しいと思いました。大切な「場」だと思います。定期的に開催予定だそうで、良い繋がりがひろがればいいなぁ。
おまけ
たまたまブログを書く前に、アメブロの星座占いが表示され、今日の運勢をみてビンゴ❗



