観ながら読んだ 小坂流加『余命10年』【ネタバレ無し】 | 映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

映画を観ているみたいに小説が読める イメージ読書術

小説の世界に没入して
“映画を観ているみたいに” リアルなイメージが浮かび
感動が胸に迫り、鮮やかな記憶が残る。
オリジナルの手法「カットイメージ」を紹介します。
小説を読むのが大好きな人、苦手だけど読んでみたい人
どちらにもオススメです。

 小坂琉加の小説 『余命10年』  文芸社文庫NEO  2017年

 なんとストレートなタイトルだろうと思った。

 

 映画は2022年公開

 監督:藤井道人
 脚本:岡田惠和 渡邉真子

 出演:小松菜奈 坂口健太郎
 

 まず映画を観る。

 

余命10年

 

 大学生だった20歳のときに、難病「肺動脈性肺高血圧症(PAH)」を発症した高林茉莉(まつり・小松菜奈)は、長い闘病生活ののちに退院し、自宅での生活を始める。

 しかしその病気に有効な治療法はなく、発症から10年以上生きられた人はいない。

 その運命を背負いつつ、茉莉は生きていく。

 

 10年後の未来を持たない茉莉は「もう恋はしない」と決めていたが、同窓会で再会した和人(坂口健太郎)と関わるうちに恋に落ちてしまう。

 衝動的に投身自殺を図るほど人生の目標を持てずにいた和人もまた、茉莉に勇気をもらい前を向いて生きて行こうとする――。

 

 例によって冒頭40分ほどを観ていったん中断し、原作を開いた。

 

余命10年 (文芸社文庫NEO)

 

 読み始めると、退院までの経過はほぼ同じだが、映画では文章を書くのが得意で小説家志望だった茉莉が、小説ではアニメオタクで、マンガを描くのがうまい。

 友だちからコスプレイベントに誘われてアニメオタクの性向に火がつき、同人誌に作品を発表して、プロのマンガ家を夢見る。

 

 ……と、映画とはだいぶ違う展開であり、テイスト自体が異なる。

 ライトノベルならではかなと思いつつ読んでいくが、途中、退院した22歳から25歳までの展開があらすじのように端折った感があって、少々違和感を覚える。

 

 小説を書きなれていない素人っぽいタッチ、あるいはマンガ的な設定やストーリー展開。

 もちろん私が読みなれていないだけで、ライトノベルではふつうのことなのかもしれない。

 

 ふと思って作者小坂琉加について調べてみたら、彼女自身がこの難病に苦しむ患者であった。

 そして2017年、文庫版の編集が終わった直後に病状が悪化し、刊行を見ることなく38歳の若さで亡くなったという。

 単行本の初版が2007年。さらに10年を生きて、彼女はこの文庫版を遺したのだ。

 

 そのことを知って読み進めると、文体の素人くささや、ストーリー展開のマンガっぽさがとたんに気にならなくなった。

 むしろ、余命10年の運命を背負って生きていく茉莉のさまざまに揺れ動く心情に、当事者でなければ書けないリアリティを感じる。

 

 そんな思いでストーリーを追っていくと、頭の中に展開するのは小松菜奈と坂口健太郎の実写映画ではなく、丁寧に描き込まれたアニメーションの世界。

 そのイメージ世界にどんどん引き込まれていった。

 

 そして、結末まで残り50ページほどとなったとき、最後まで読み終えてしまうのがむしょうに惜しくなった。

 そこでいったん本を置き、映画の続きを観ることにした。

余命10年

 やはりストーリー自体がかなり違う。

 とくに和人の境遇設定がぜんぜん違っているので、まったく別の物語になっている。

 小説をのめり込んで読んでいただけに、がっかりしてしまう。

 

 いやしかし、自分のイメージと違うからといって映画を批判しない。

 映画は映画独自の世界として観る。

 それが私の信条ではなかったか。

 そう思い直し、小説との違いはひとまず置いて、映画自体の世界に寄りそって観ることにした。

 すると……

 

 運命から逃げずに生きる茉莉と、彼女を誠実に愛する和人の二人の日々の輝きが、さまざまな風景映像とともに描かれる。

 また、姉の桔梗(ききょう・黒木華)をはじめとする家族、茉莉に出版の道を開く親友の沙苗(奈緒)など、茉莉を応援する周囲の人々も印象的だ。

 永遠の別れのシーンも、哀しいが美しく心に残る。

 

 そして、原作でマンガ家志望であった茉莉を、映画では小説家志望にしたことの意味が、最後に明らかになる。

 茉莉と作者小坂琉加、二人の人生が重なってくるのだ。

 

 この映画のシナリオは原作のストーリーを大幅に変えてあるが、それは決して原作を軽んじたからではない。

 自らの命を注ぎ込んで『余命10年』という作品を遺した作家小坂琉加。

 彼女に最大限のリスペクトを捧げつつ、映画は映画のオリジナリティを追求した。

 映画を最後まで観ると、そのことがはっきりとわかる。

 

余命10年 (文芸社文庫NEO)

 

 映画を観終えて、文庫本の残り50ページを読んだ。

 そこには、死にゆく人のリアルが、まさに経験者でなければ書けない筆致で描かれていた。

 それととともに、自分のしたいことをし尽くし、人生の選択をすべて肯定して死に赴いていく茉莉の姿。

 

 そして、遺された和人もまた、自分の人生を選択し、前へ進んでいく。

 その姿を描くロマンチックなエンディング。

 やはりこのストーリーにはアニメーションがふさわしい、と思った。

 

 調べてみると、2021年にTBSテレビでアニメ放送されたようだ。

 しかし、小説を読み終えた私は、既にアニメを見てしまったような気になっている。

 私の中でそれは、とても大切な記憶である。

 

 例によって、観てから読むか、読んでから観るか。

 この作品の場合、私には答えがない。

 映画だけ観るもよし、小説だけ読むもよし。

 どうしても観たいし読みたいという場合、同じ物語と思ってはいけない。

 それぞれ独立した別々の世界を、別々に味わってほしい。