私が主催するカットイメージのセミナーや公開講座で常連のMさんが、「久しぶりに当たりでした。こんな物語を読みたかった」と言って勧めてくれたのが、横山秀夫『ノースライト』。
さっそく取り寄せて読み始めた。
一級建築士の青瀬稔は、バブル経済期に大手設計事務所で力を発揮していたが、バブル崩壊とともに職を失い、妻も心のすれ違いから、幼い娘を連れて彼のもとを去った。
その後、大学時代の友人岡嶋が経営する設計事務所に職を得て、細々と建築士としての仕事を続けてきた。
そんな彼が設計した信濃追分のY邸は、北からの光(ノースライト)を大胆に取り入れた木造の家で、『平成の建築200選』に選ばれた。
施主の吉野淘汰は、「あなたの住みたい家を建ててください」と言って、青瀬に設計を依頼した。
それに応えたのがY邸だったのだ。
しかし、引き渡しから4カ月後、Y邸にはだれも住んでいないことが判明する。
吉野夫妻と子ども3人も、忽然と姿を消してしまった。
Y邸には引っ越してきた痕跡もなく、あるのは、ドイツ人の建築家ブルーノタウトの作と酷似した椅子が一脚だけ。
吉野のゆくえを探し、青瀬はブルーノタウトとのつながりをたぐるが、断片的な手掛かりはつながらず、謎は深まるばかりだ。
一方、岡嶋設計事務所は、孤独な生涯で800点の未公開作を遺した画家 藤宮春子の記念館の設計受注を賭けたコンペに臨む.。
しかし、その選定をめぐる疑惑が持ち上がり、やがて悲劇へとつながっていく――。
そうした物語の末に明らかになる真相は、とても哀しく、そして美しい。
物語全体を通じて浮かび上がってくるのは、自身に誇れる仕事を残したいという、建築家青瀬や岡嶋の思い、そして家族を思う愛。
それが、彼らの父親世代の職人魂とも重なり、ブルーノタウトや藤宮春子、さまざまな人々の生きざまともダブってくる。
悲劇もあるが、それを乗り越えて人々は前へ進み、思いは結実していく。
まさに感動の結末と言ってよい。
吉野家の失踪の謎を追っていく途中経過は、少し冗長に感じる部分もあったが、読み終えた感動がそれを忘れさせてしまった。
ノースライト(北からの光)の建物といえば、織物の街 桐生(群馬県)で戦前に数多く建てられた “のこぎり屋根”として知られる。
染色の状態を自然光の下で見分ける必要から、直射日光を避け、優しい北からの光を多く取り入れる工夫をしたのだ。
妻が桐生市の出身なので、“のこぎり屋根” の遺構に作られたパン屋さんに行ったり、クルマで走る沿道に見かけたりしていたので、私の中にはすぐその連想があった。
物語の後半、因縁が桐生につながったときには、「やはり」とうなずいた。
桐生川ダムのイメージも含めて、個人的な記憶ともつながり、より感動が深まった。
私の中でとても大切な一冊になったと思う。
勧めてくれたMさんに感謝である。
調べてみたらこの作品は、2020年12月12日(土)前編、19日(土)後編、NHKの土曜ドラマとして放送されている。
脚本 大森寿美男
出演 西島秀俊 、北村一輝 、田中麗奈 、柄本時生 、田中みな実
これはぜひ観たいと思い、NHKオンデマンドに登録して、単品購入で観た。
前編後編それぞれ210円で、3日間の視聴期限。
これも素晴らしくよかった。
脚本がとてもよくできていて、小説ではやや冗漫に感じた途中経過もテンポよく進む。
それでいて下手な改変はなく、原作の物語を細部まで丁寧に映像化している。
主人公青瀬の風貌について、原作の中に「高倉健かゴルゴ13」と例えたくだりがあるが、違和感があった。主演の西島秀俊は、私の中では青瀬のイメージにふさわしい。
信濃追分の森林、浅間山、桐生川ダムなど、風景の描写も美しい。
この物語のモチーフである「鳥」の映像と鳴き声が随所で効果的に用いられ、鮮烈な印象を残す。
原作の持ち味を最大限に活かし、このうえなく後味のよいドラマに仕上がっている。
この作品は、ぜひ “読んでから観る”のを勧めたい。
どちらも、割いた時間以上の満足が得られると思う。