Ecrire/書くこと〜僕は死んでいくけれど、君は太陽の下を歩く
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上機嫌な妻と不機嫌な女

 

『まもなく物語は終わります。未だ概要が掴めない方は、これから話すことを注意深く聞いてください』

 

「私の悲鳴を聞くのは私。誰の為でもない。私がそれを聞くのよ。そうでしょ?」

 

ブラウン管の向こうで、女優がそう語る。女優が演じているのは戦時中の野戦病院の看護婦だ。戦争で重傷を負った兵士が彼女に恋をしている。彼は恋するあまりに狂っている。両腕を失った彼は、狂気の求婚者となり、夜の病院を彼女を求めてさまよう。彼女はそれを恐ろしく思う。なぜそれを恐ろしく思うのか。そのことについては物語の中で明瞭には描かれていない。理由のない恐怖。彼女はそれを望んでいるのかもしれない。

 

私はその映画を自分の部屋で観ている。夜毎私には不眠が訪れる。微睡みとも言えない微睡み。夢ともつかない夢。現は朧に霞がかり、睡眠と覚醒が私を交互に支配する。私は冷蔵庫からジンジャエールを取り出して、グラスに注いでそれを飲む。男は、女の悲鳴を聞きたいと言う。悲鳴でなくても良い。彼女の本当の声ならば。しばらくして、夜の野戦病院に爆弾が落とされる。画面が爆発に包まれ、砂塵が去ったあとには瓦礫の山が残される。そして音楽。ノクターン。暗い画面。暗い夜。チャンネルを変える。空港に着陸する飛行機の映像。アメリカ大統領がタラップを降りる。ゆっくりと手を振りながら。壁の時計を見ると、午前2時。私は呟く。「私の悲鳴を、聞くのは私」。チャンネルを変える。どこかの金持ちの自宅の映像。コレクションルームには動物の首の剥製が整理されて陳列されている。トナカイがあり、鹿があり、グリズリーがあり、ライオンがあった。ラクダと、キリンもあった。それらは眼を見開いて、こちらを凝視している。あの動物達が本当は生きていて、壁の中に体を埋め込まれ、首だけ出しているのだとしたら気持ち悪い、と私は思う。そしてとても残酷だ、と。生きることと死ぬことは、異なるが似ている。生きていることと、ゆっくりと死に向かうことは?偶然か、あるいは必然。私はジンジャエールを飲む。

 

夫が帰ってくる。疲れた顔をして。おかえりなさい、と私は言う。

 

「なんだ、まだ起きてたのか」

「ええ、なんだか眠れなくて。何か飲む?」

「いや、いい」

 

そう言って夫は私の隣に座る。ソファが揺れて、急に眠気が私を襲う。

 

「ろくろ首って知ってる?」

 

ネクタイを外しながら、夫が言う。

 

「今日会社の連中と話題になったんだ。座敷童とか河童とか小豆洗いとかの妖怪はどんなのかわりと知られているけど、ろくろ首とか一つ目小僧とかは人間に何をするんだろうって」

「私、小豆洗いっていうのも知らないわ」

「小豆を洗うんだよ。名前の通りさ」

「ろくろ首ってなんだっけ? 首が長いやつだっけ」

「うんそう。それで夜道を通る人をおどかすんだ」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

 

それで二人とも黙り込んで、テレビの画面に目をやる。バラエティ番組の笑い声にあわせて、夫が笑う。私はこのバラエティ番組に挿入される笑い声が一体どういう役割を果たしているのか理解できない。

 

「私ね、最近よく思うのだけど、本当は私はアフリカの、マサイ族か何かの戦士でね、狩りの途中で昼寝をして長い夢を見てるの。その夢の中で私はあなたと結婚してこうして暮らしている。だけどある日突然その夢から覚めたら、私はアフリカの大地の木陰で目を覚ますの。キリンが首を下げて、私の顔を舐めているのよ。それでマサイ族の戦士の私はああ良く寝た、とか呟きながら狩りに戻るの。あなた、そんな想像したことない?」

「随分子供っぽいな。それにマサイ族の戦士は狩りの途中で昼寝なんかしないよ」

 

そう言って彼は私の飲みかけのジンジャエールを飲み干す。そして、さて寝るか明日も早いし、と彼は呟く。私の悲鳴を聞くのは私。私の夢を、見るのも私。

 

そう、例えばそんな話。

 

 

 

 

※前回と同じく、ずっと昔に書いた原稿を発掘したので掲載。アート系のwebマガジンで書いてたやつ。読み返しながら、なんでキリンなんだろうと考えていたら、テーマとして与えられた写真がキリンの写真だったからだ。ちなみにタイトルにも冒頭の引用っぽいセリフにも、深い意味はないよ。

 

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