Ecrire/書くこと〜僕は死んでいくけれど、君は太陽の下を歩く -2ページ目

いつかの夕暮れ

二十数年前、学生時代にセックスフレンドだった女の子と会った。

と言っても、特段色気のある話ではなくて、ただ単に大学の演劇部の同窓会があったので、出席したらその女の子もいた、というわけだ。

数十年前にセックスしていた女の子と、どんな顔をして会うのが正解なのかは皆目見当もつかないが、せめて思い出の中は思い出のままとして美しく保てるだけの顔をして会わねばなるまい、と思った。

 

その女の子は同じ大学の音楽学部に通っていて、歳は僕の二つ下。学年は一学年下ということになる。

声楽をやっていて、バレエもやっていた。

今はバレエ教室で子供達に教えているそうだ。

 

ひとしきり、昔話に花が咲いて、その女の子が思い出したように「鹿児島、行ったね」と言った。

 

それはたしかに大学二年の夏休みのことで、友人の車に乗って名古屋から九州まで4泊5日くらいで旅行に行ったのだった。

行きの車中、僕とその女の子はデリカの後部座席に並んで座っていて、ふと気がつくと、その女の子の手が僕の手に重なっていた。

他の連中は、僕たちなんかそこにいないかのように振舞ってくれていた。

ああ、あれは友情厚い見て見ぬ振りだったのだな、と今になるとよく分かる。

 

そして僕たちは後部座席でキスをして、九州での宿泊先のペンションで同じベッドで眠ることになったのだった。

それが僕たちの初めてのセックスで、それはとても若者らしいセックスだったように思う。

僕は二十歳だったし、彼女は十八歳だった。

 

そして当時の僕は、若者がすべからくそうであるように、今夜は何処にしけ込もうかということばかり考えていたのであった。

鹿児島の、天文館の近くに公園があって、僕たちは手を繋いでそこを歩いていた。

若者たちがストリートダンスをしていて、空には星が瞬いていた。

友人たちは、たしか親戚の家に泊まるというところを、僕たちは抜け出して深夜の天文館のホテルにしけ込んだというわけだ。

 

二度目のセックスは、なんとなく恋心に似たものがあったように思う。

しかし彼女は僕に、「ねえ、メメくん(僕のことだ)はあたしのことなんてきっと忘れちゃうでしょう。あたしもそう。メメくんのことなんて、そのうちにすっかり忘れちゃうわ。でも、しばらくは好きよ」なんてことを言ったのだった。

 

その通り、僕は彼女のことなんてすっかり忘れていたし、二十代の終わりに仕事で鹿児島を訪れたことがあって、その時に初めて思い出したくらいだ。

 

セックスの後に、女の子が言うことはいつでも正しい。

 

目の前で、ワイングラスを傾けている彼女の唇を眺めていたら、そんなことを思い出した。

 

「二十代の終わりに、仕事で鹿児島に行った時に君のことを思い出したよ」

 

と、僕は言った。

 

「あ、思い出してくれたの? 嬉しいな」

「それまではすっかり忘れてたけどね」

 

君があの時、鹿児島のホテルで言ったように、とは言わなかった。

 

46歳になった彼女は、どことなく昔の面影を残していて、柔らかな微笑み方は昔と少しも変わっていなかった。

彼女の目には、僕はどう映っただろうか。

 

そうして、フレンチのコースランチを食べ終えて、マリオットホテルのラウンジでコーヒーを飲んで、散会となった。

久しぶりに、休日らしい休日を過ごしたものである。