Ecrire/書くこと〜僕は死んでいくけれど、君は太陽の下を歩く -3ページ目

フィフティ・ファイブ

「約束して欲しいの。愛してる振りだけは絶対にしないでね」

 

 ●

 

彼女は銀行に勤めている。毎日窓口に訪れる預金口座の開設だの住宅公庫の相談だの、詳しくは分からないけれどそういう仕事をしている。職場では真面目で、特別派手に遊びまわることもなく、仕事帰りに駅前の映画館で映画を一本か二本観るのが唯一の趣味らしい趣味だ。 

「風と共に去りぬ」と「サウンドオブミュージック」が好きで、銀行の就職面接の際に面接官から「映画が好き、と書いてあるけれどどんな映画が好きなの?」と質問され「風と共に去りぬが一番好きです」と答えた。 

「じゃあスカーレット・オハラのウエストサイズは?」 
「17インチ」 

そう即答したのが良かったからその銀行に就職が決まったわけではないのだろうけれど、彼女は無事に、つまり両親の期待通りに、という意味だが、その銀行に就職をした。 

彼女はそれなりに美人だったので、何人かのボーイフレンドがいた。一人は東京の大学へ進学した秀才肌の男の子で、一度だけ銀行をずる休みして新幹線に乗って東京まで会いにいったことがある。 

とはいえ彼女は病的なまでのタイミングの悪さを運命的に身につけてしまっていたため、その日に限って父親から銀行に「お忙しいところスミマセンが娘と代わっていただけますか?」と電話があり、初めてのずる休みは父親からの叱責で幕を閉じた。 

彼女の家庭は少しばかり複雑で、4人兄弟なのだけれど、一番上の兄と一番上の姉、すぐ上の姉、末娘の彼女の全員が母親が違う。離婚した人もいれば、死別した人もいる。その中で彼女の母親、つまり彼女の父の最後の妻というわけだが、その母親にとっての娘は彼女だけである。必然、彼女への期待が重くのしかかる。 

「ワシらが歳とったら、面倒見るのはお前だぞ」 
「お前は婿をとれ。この家を継ぐのはお前しかおらん」 

幼い頃から、そう言われて育てられてきた。子供のころ、彼女は自分自身がそれほど不幸だとは思っていなかった。大人になるにつれ、いくつかの恋をする年頃になって初めて、その不自由さを疎ましく思った。しかし彼女は優しい女の子だったので、両親の言うことも良く分かったのだった。自分が我慢すれば、大抵のことは上手くいく。そういう処世術を身につけた。 

だから青春時代のいくつかの恋愛が「結婚」という制度に阻まれて終わりを迎えてしまったことは必然だったのかもしれない。はやく婿養子をとって結婚してほしい、と願う両親は彼女にお見合いを何度もさせた。街の写真屋さんで貸衣装の着物を着て、お見合い写真を撮った。写真屋の主人は「とてもお奇麗ですよ」と彼女のことを褒めた。 

3回目のお見合いの相手は、田舎の農家の次男坊だった。1回目の相手は年上すぎた。おまけに貧相で頼りなかった。2回目の相手は品がなかった。見合いの席に、襟垢のたっぷりこびりついたシャツで登場した。ネクタイのセンスも最悪だった。でも今回の相手は・・・彼女は思う。悪くない。 

次男坊の彼の家は農地をたくさん持っていた。土地があるのは良い事だ。彼女の両親はその次男坊の事を気に入った。本人も真面目で、自動車の工場に勤めている。洒落者で、ハンサムな顔立ちをしている。酒も煙草もギャンブルも嗜む程度。少なくともそれで身を持ち崩すようなことはあるまい。 

彼の方も、彼女のことを気に入った。少し胸が小さいことだけが気になるが(彼は無類の巨乳好きだった)、それさえ気にしなければこんな良い相手はいないだろう。彼は彼女と付き合うようになった。もちろん、結婚を前提に、である。 

彼の車でドライブをした。海や、山に行った。彼はカメラを持っていて、写真を撮った。彼女が彼のカメラで、彼を撮ろうとすると、彼はいつも腰に手をやって同じポーズで写真に写った。「ワンパターンな人かもしれない」と彼女は思ったが、別に行動様式がワンパターンだからといってとてつもない不幸が起こるわけでもない。そう言い聞かせて彼女は彼との結婚生活を考え始めた。 

ある夜のこと、彼女は自宅にいた。その日観た映画のパンフレットを眺め返して、気に入ったセリフをレポート用紙に英語で記入していた。 

"I'm not living with you! We occupy the same cage, that's all." 

『熱いトタン屋根の猫』のエリザベス・テイラーが演じたマギーのセリフだ。 

アイムノットリヴィンウィズユー…、そう小さく発音したところで、玄関の方から荒々しい怒鳴り声が聞こえてきた。夜の10時だ。泥棒だろうか、と彼女は不安になる。 

彼女の家の門扉は彼女の父が自作したもので、高さ2メートルの鉄製のものだった。彼女の父は19時には内側からその巨大な門に鍵をかけてしまう。 

彼女は自室で耳を澄ます。聞こえてくる怒鳴り声は、父のものだ。その怒鳴り声の中に、婚約者の名前があった。彼女はあわてて階段を降り、玄関に向かう。 
「お前は一体どういうつもりだ!」 
父の叫び声と、懐中電灯の光に照らされているのは彼女の婚約者に他ならない。父はご丁寧にどこから持ってきたのか金属バットまで手にしている。 
「ちょっと、お父さん、どうしたのよそんな大声出して」 
「まったく、非常識だ。お前たちはどんな付き合い方をしてるんだ!」 
「何? 清昭さんがどうかしたわけ?」彼女の婚約者の田舎の次男坊は清昭という名前である。 
「どうもこうもあるか! こんな時間に門をよじ登って忍び込もうとするなんて」 
「違うんですよ。別に忍び込もうとかしてたわけじゃなくて」 
ようやくそれまで黙っていた清昭が口を開く。 
「これが、今日できたから。それだけ渡しておきたくて…」 

そう言って、彼はポケットから10センチ四方ほどの立方体を取り出した。ベージュの包装紙に、薄いピンクのリボンが掛けられている。 

「何だそれは」と彼女の父。玄関口では、彼女の母が心配そうにこちらを窺っている。 

「ピンポンって押せば良かったのに」 
彼女はその中身が何かを察して、彼に言う。 
「いや、起こしたら悪いなって思って」 
「それで泥棒みたいに門をよじ登ったの?」 
「見つかると思わなかったんだ」 

そういって彼はバツが悪そうに彼女の父を見た。 

「婚約指輪なんです。今日できたから、すぐに京子さんに渡したいと思ったんです」そう言って、彼は彼女に指輪ケースを渡す。 

「君は、やっていいことと悪いことの区別がつかんのか?」 
彼女の父は彼の非常識さにまだ立腹しているようで、心底呆れたように言う。彼女は父をなだめる。 
「まぁまぁ、別に見ず知らずの他人の家に忍び込んだわけじゃないし。ほら、素敵な指輪よ。ありがとう」清昭は申し訳なさそうに縮こまっている。そんな彼を見て京子は、悪くない、と思う。そういうバカっぽいところが、カワイイな、と思った。そして、この人と家庭を持つのも悪くない、とも思った。父は怒っているけれど、後で私からよくなだめておけば結婚に反対はしないだろう。 

「まぁいい。今日のところは帰りなさい」 
父は清昭にそう言う。 
「ハイ、夜分にお騒がせして、スミマセンでした」 
清昭は彼女の父に頭を下げ、その場を去ろうと門の方に向かった。 

「まったく、清昭くんはどうかしてるぞ。いくら婚約指輪ができて嬉しいからって、こんな夜に門をよじ登るなんて」 
父親は彼女にそう呟く。 
「ま、元気がよくて良いんじゃない?」 
と彼女は言ったけれど、途端に心配になった。ホントにこの人と結婚して良いのかしら、と。彼女の父親が叫んだのが、同時だった。 

「おいッ! 帰るときくらい、門を開けて出ていけ! わざわざよじ登らんでよろしいッ!」 


それが昭和51年頃のことで、その後無事に清昭さんは京子さんと結婚した。京子さんの父親はその一件で清昭さんのことを大丈夫かとずっと心配していたが、京子さんが上手いこと説得したのであろう。清昭さんは婿養子に入り、片道1時間をかけて工場まで通った。 

新婚旅行の宿で、清昭さんの鼾の大きさに京子さんは辟易したが、まぁなんとか上手くやっていけるのではないか、とぼんやりと未来を想像した。 


さて、そのようにして結婚した清昭さんと京子さんは、つまるところ僕の父と母であるのだが、子供の頃に聞かされたこのエピソードが好きだった。小学校の、1年生か2年生の頃だったと思う。 


「お父さんね、昔、お母さんに婚約指輪を渡そうとして、お祖父ちゃんに泥棒と間違われたのよ」 

寝床で幼い僕や妹を寝かしつける時、母はよくその話をして微笑んだ。その笑顔はとても幸せそうで、結婚して子供ができて、ということはつまりそういうことだと僕はずっと思っていて、今でもそう思っているふしがある。 

だから母の古いレポート用紙に、『熱いトタン屋根の猫』のエリザベス・テイラーが演じたマギーのセリフが書かれていても、それが本当に意味するところは分かっていなかったりもしたのだ。今は、もう分かる。同じようなことを、やはり僕も繰り返しているからだ。 

そう、例えばそんな話。