Ecrire/書くこと〜僕は死んでいくけれど、君は太陽の下を歩く
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リーチをかけろ

久しぶりに、フリー雀荘に行ってきた。

麻雀を打つのは実に数年ぶりである。

半荘5回打って、12223という成績。

実に弱くなったな、としみじみ思う。

 

初めてフリー雀荘の扉を開けたのは、僕がまだ高校生の頃だった。

学生服のまま入って行ったのだから、今考えるととんでもなく迷惑なやつである。

当然のように、「高校生は入って来ちゃダメだ」と言われたのだが、「別に脱いどきゃいいでしょ」とか言って強引に卓についたのだった。

 

その時の手持ちは、母からもらった半年分の定期代30000円。

負ければ、恥をかかなくてはならないから、それこそ必死に打った。

たしか、5000円くらいは浮いたのだと思う。

 

考えてみると、僕の人生の中で最も博打らしい博打は、それが初めてだったな、と思う。

金銭こそ僅かなものだけど、負けたらとてつもなく酷い目に遭うということが、17歳だった僕の胸を震えさせた。

きっと僕は、冒険がしてみたかったのだと思う。

クラスの連中がしたことがないような、冒険を。

そうした経験は、振り返ってみるととても良いことだったように感じる。

 

最近の雀荘は、どこも丁寧だ。

フリー新規で、と言えば、丁寧にハウスルールを説明してくれる。

僕が高校生の頃、出入りしていた雀荘はどこもかしこもルールは打ちながら覚えろみたいな感じだったように思う。

あるいはそれは、僕が17歳の小僧っ子だったからかもしれない。

 

僕の麻雀におけるピークは、大学生の頃だった。

大学の4年間で、300万ほどは勝っただろうか。

学生の手慰みのレートでそれだけ勝つのは、やはり相当なものだったと振り返ると実感する。

配牌一向聴なんてのは当たり前で、どんな待ちでも一発でツモったものだ。

東一局から、出来上がった状態が始まっていた。

今は、そんな牌姿にはならない。

配牌三向聴から、どうにかこうにかリーチまで持っていくのがやっというところだ。

 

今はもう、昔のようにカンチャン待ちでオープンリーチなんてかけられない。

 

その昔、まだ僕が会社勤めをしていた頃、二階堂亜樹さんや萩原聖人さんと対局する機会があった。

戦績は、どちらも一勝一敗という感じで、臆面なく言えばまぁ互角には戦えていたのかな、というところだった。

お二人は今やMリーガーとして活躍しており、時折その姿を見かけると、不意にあの対局のことを懐かしく思い出したりする。

 

麻雀における僕のポリシーは、リーチをかけること、だ。

それは人生においても、そうだ。

テンパイしたら、リーチをかける。

一発でツモって、裏ドラを乗せる。

 

リーチ、と宣言すると、勇気が湧いてくる。

今日もたくさんリーチをかけた。

 

配られる配牌が衰えたとしても、打ち方は変えない。

きっと僕は、いつかまたツク。

その時が来るまで、ひたすらリーチをかけ続けることだろう。

 

リーチをかけた後の、一発目のツモ牌をギリギリと音を立ててツモる瞬間が好きだ。

この瞬間のために、僕は麻雀を打っているのだろうと思う。

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