2026年 ヨム キプールの日を迎えて | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

神が創造された命のサイクルは、神の創造された世界、人、

植物、動物でも見えます。

神が時を創造されて、命のサイクルが繰り返される、サイクル。

 

全ては神が創造されたものです。

「時」も神が創造されたものです。時とは、本当に不思議です。

そして、人は永遠の中、神の中に造られたとあります。

ユダヤ人の賢人達は、神を、ハマコムと呼びました。

日本語には定冠詞がありませんが、ヘブライ語や英語、

他の言語には、特定なもの、事、人を表す定冠詞があります。

英語では、The です。ヘブライ語では、ハです。

マコムとは、場所です。人が住まう場所は、神ご自身の中である

から、神ご自身を、ハマコムと呼んでいるのです。

エデン=歓喜、神と人と一体である時に、エデンが存在します。

そして、神の中に住まう人は、神の性質以外のもの、構造、

思想、宗教、偽物を神の中には持ち込めないのです。

それらは、異物であり、神と神に創造された人の性質とは違う

偽物の臓器を排除しようとする拒絶反応が働き、排除されるからです。

普通の生活でも分かる通り、人との関係、その基本が家族です。

夫婦、子供、兄弟、親族、コミュニテイの仲間の中に生きるように造られました。

エデンの園では、神が創造された通りの一体=エハッド、

全く分裂、隙間もない、ピッタリ一体でした。

しかも、同じ土から造られて、人=アダムの要素から造られた

人がハヴァであり、お互いが向き合い、お互いの中に自分の要素

そのものであることに喜びマックスであった、最初の人

アダムの歓喜、感嘆が記されています。

「わたしのエッセンスそのもの!!!」

 翻訳ですと実に、無味乾燥な唯の記述に聞こえるのですが、

ヘブライ語では、相手に対するもっとも親密でロマンチックな

表現なのです。

自分のエッセンス、自分そのもの!!!これ以上の近さ、

一体感はありませんよね。

 

創世記 2:23 そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。

מֵֽעֲצָמַ֔י עֶ֚צֶם וּבָשָׂ֖ר מִבְּשָׂרִ֑י
わたしの骨の骨=ミ アツメイ、わたしの肉の肉=ヴァサリ
ミヴァサリ

人は一体として造られた。しかし、人間の作った宗教は、

神の中、エデン、喜び、歓喜、それは一体、全く一体で

一致している状態の中にだけしか、存在出来ない状態なのに、

ユダヤ人と異邦人と2つに分ける思想、作り話そのものこそが

人を神が創造された本来の姿、神の中、エデンの中に生きること

から、遠ざける、引きはがす、思想、行動そのものを人に伝えて

しまっているのです。

 

神は、神が創造された本来の姿、性質、実態を生きることに戻る

壮大な修復計画を執行しているのに、神の言葉に逆らう、敵対する、神の言葉とは違う事を人に刷り込む行為は、神と共に集めないで、偽もの教えを拡散し、神の邪魔御国建設を妨害している

そのもの!と警告された事をしているだけなのです。

神と共に集めない者、イコール、神が言われた事とは違うことを

やり、人にもそう教え、促し、神の伝える事実から、人を遠くに引き離し生き方に促している勢力、組織、構造、思想です。

 

命のサイクルと、神が創造された神の時を歩むモアデイムの

サイクルは、イエシュアの業を通して、新しくされた人を生きる

命のサイクル、成長のサイクルであり、最後はイエシュアが再臨され永遠にエルサレムから全世界を、トラーに基づき統治される

新しい世界が来る準備の生きて、学習し、神と出会う命のサイクルを神が最初から創造し、神の時の中に生きるように人が造られたことをずっと教えているのです。

神の創造されたアポイントメントの日は、レビ記23章に記されています。そこには、人間が作ったローマ帝国の宗教の記念日は

書かれていません!!!!

4世紀にダニエル7:25で預言された通り、ローマ帝国

第四の獣、それ以降はそれぞれ世界の無数の別の国々、

鉄と粘土、相容れない、それぞれの国々、1つの帝国ではない

世界が続いています。

第四の獣が、神のトラー=言葉、教えと、神の時、神が創造されたモアデイムを変えると預言された通りのことを、4世紀にしたのです。

それが、人間の手で編み出した、見かけは子羊であるけれど、

物言いが龍と書いてある構造、組織、思想なのです。

 

反キリストがエルサレムの神殿の上に立つ!などと考えて

その人物一人を探していても、本物の反キリストは最初から

人の間に浸透しているのです。

反キリストの定義は、1)神に敵対する 2)神の教えから人を引きはがす、偽物の教えに誘うもの

そして、それが666の暗号文字、ヘブライ文字では、

1)捨て去る 2)神の教えから反らせる そのような事を

する勢力、構造、組織、思想のことであることが警告されているのです。

偽物と本物を見分けるのは、本物の神の言葉を知る以外に

ありません。

なぜ、神は人に、寝ても、覚めても、神の言葉、教えに魅了されて追求して、知って!と言っていると思いますか?

神の言葉は、聖霊そのものであり、神の深いところにある考えを人に伝え、神が創造された人本来の生き方を教えるものだからです。

盲目の人が目が開かれるのは、それは、 トラー=神の言葉、

教えを知ることを通してだけが可能だからです。神に出会うとは、神が一方的に近づいて、神が神であることをその人に

気が付かせたからです。

そして、神の言葉を知るとは、神が伝える知恵、識別、分別、

思慮、生き方、全てを、神の言葉を通して、人が知り、神が

伝える通りの性質に根付いて、成長し、生きる事が出来るためです。

西洋宗教は、人の思想を土台とし、反ユダヤ、反モーセの五書

思想、古い律法は廃れた!という偽情報を土台として

4世紀に人間、ローマ帝国が作った宗教です。

その証拠?根拠?聖書を書いてある通りに読めば、そこ書かれているのは、神の教え=トラー=契約=モーセの五書であり、

それを解説する預言書、諸書のみであり、

マタイ〜黙示録は、預言者達が記した、モーセ、預言書、諸書の

短い後書きだけであり、神の言葉を神が破棄、否定する思想や、

ローマ帝国が作った混ぜもの宗教の教えは書かれていないからです!

イエシュアが教えられた、父の教え、聖書に記された純粋な

神の教え、トラーとは違う思想に変えられた宗教の教えです。

もちろん、キリストにより罪が許された、新しくされたという

事実は、聖書の事実通りですが、しかし、2000年前に

初めて、人が動物以外の生贄ではなく、永遠の許しがキリストにより初めて与えられた、完了された、聖霊が人の中に住む、

新しくされた人が初めて与えられたというのは、聖書の事実などではありません。

神殿が存在する間は、シャバット、祭りが神殿を中心に行われていました。ヨムキプールが、エルサレムの神殿で行わていました。

今は神殿がエルサレムに存在しない時期なので、神殿を中心に

ヨムキプールは行われませんが、祭り自体は永遠に祝われ祭りであり、未来、イエシュアがエルサレムに戻られたら、この祭りが

再び行われる、全世界が集まってくる!と預言されているのです。

エルサレムの神殿、神の家、祈りの家、父の家で行われたことは、モーセの五書に記された通りのことであり、それらは全て

イエシュアの業を表し、神の大家族の生き方、神にどのように

近づくのか、神が永遠の中に支払い済みの代価、子羊の血で

贖われ、神の子ら皆が、父の元に引き寄せられ生きることを

教えているものです。

神の家には、人間が編み出した偽物、宗教、構造、教え

神の教えや、神の創造されたアポイントメントの日を汚す行為は存在しません。

未来、偽物の教え、宗教、全てが消える!神の家、祈りの家には

そのような偽物、イスラエルの神から出たものではない、人間の作り物の偶像を売る人はいなくなると、預言されているのです。

 

西洋宗教は、ヘブライ聖書、ヘブライ思索で語る神の言葉、教えや、概念とは違う教えをふんだんに編み出し続けて、聖書ではない教えを、世界に拡散させて来ました。

天国、地獄概念も、それぞれの文化、自分が見聞きしたもので

空想しているのです。日本人で言えば、仏教、極楽浄土、

エンマ大王、地獄のかまど、その他、染み付いた死後の世界を

語る人間の教えが頭の中を支配していますから、その様に考えます。

実際にイエシュアが語られたゲヘナとは、エルサレムに今も実在する「ヒノムの谷」です。

ハデスの門と黙示録にヨハナンが書いているのは、ギリシャ神話で誰でも知る、ハデスという神、人、獣であり、そこは、

ギリシャ神話では、地の奥底、死後人が行く場所で、牢獄の場所、そこから人が地上に出てこないように守る、ハデスがいるのです。これらは、ギリシャ神話、作り話、神話です。

そして、死んだら、皆地の深いところに行く、埋められ出てこれない、だからそこから先どうなるのか分らないから、色々空想話を作るのです。

黙示録には、暗号、又はギリシャ神話など、当時の人が理解していたことを通して、ローマ帝国に知られないように語っているのです。

黙示録は、この世の終わりの大惨事が書かれているのではないのです。秘密の再臨でクリスチャンだけが天に吸い上げられて、

永遠に天に消えるという空想話、現実逃避思想は書かれていません!

未来、天が降りて来て、天と地が一つになり、イエシュアが統治される新しい世界が来る、それが、文字通りの未来預言です。

シンプルに言うと、2つの王国。人間が支配する、人間が自分を神とし、救い主と宣言した当時のローマ帝国とその支配。

その偽物の神、王、救い主、帝国と、未来、本物の王、

イスラエルの神、イエシュアが統治する本当の世界、

新しい世界秩序が到来すること。

この2つの王国を対比して、語っているのです。

そして、偶像礼拝、皇帝崇拝、聖別を汚す生き方、異教徒の

祭り、不品行、豚でもなんでも無差別にきよくない動物を食する

人間の食べ物ではないものを、異教徒と同じ様に食する、

それを、異教徒の祭りで実際に強要やらされたのです。

ギリシャ帝国も同じ事をしたのです。

そして、皇帝崇拝で焼香をするジェスチャー、異教の神々、女神の祭りで、偶像崇拝をし、神殿娼婦と交わる不品行を公にしたり

とにかく、聖別された人の生き方を汚す行為、全てに対して

それをするな!とヨハナンが警告しているのが、神の教え、

はじめの愛から離れた5つのユダヤ人のカハールへの警告、

叱責なのです。

私達は、そのような祭りや不品行をしてなどないと思いますが、

様々な偽物の思想、教えに交わったまま、それらを通して

イエシュアを愛している、仕えていると考えているのです。

そして古い律法は廃れた!と主張する第四の獣の声に聞き入り、神のシャバット、祭りを捨て、聖別を汚す。

きよいものと、きよくないものの区別もなく、LGBT賛同、

清くない動物も今は祈れば清くなると、無差別にその人の文化

思考、食習慣で何でも食する。

これらが、聖別を汚す、神が伝える教えを真っ向から否定し、

遮る行為そのものであり、警告されている、獣の刻印、

偽物の教えを頭脳に刷り込まれていることにも、全く気が付けない状態になっているのです。

もし、神の教えを、書いてあるとおりに理解したら、本物を捨て

神が禁じている偽物、神の教えは廃れたという教えを信じて

神の言葉を捨てて生きることなどしていないはずです。

 

「はじめの愛を離れた」とヨハナンが暗号で記している意味は、契約=モーセの五書=トラーに記された生き方から離れてしまっている。ローマ帝国の偶像礼拝に染まるな!

それは、偽物の王国であり、やがてそれは崩壊し、消えてなくなるものだ!と書いているのです。

 

律法は廃れた!というローマ帝国の作りものの教えを、大衆が

信じて、黙示録のヨハナンの警告、預言者が記した警告は

全く意味が通じないまま、地獄の黙示録の如く、この世の大惨事が迫っている、空中軽挙、秘密の再臨で消えるぞ!という

偽もの教えばかりが、大声で拡散されているのです。