聖書が閉じられた後、聖書に書かれていない、誰かの考えついた思想、誰かの見た幻、又は幻聴を発表する人は、後を絶ちませんが、それらは神=聖霊から来たものではないものです。
神の言葉が永遠の証拠として、文字で記された法的契約文書と
して与えられているのです。
その神の永遠普遍、完全であると神が宣言している言葉を
人しかも、クリスチャンがないがしろにするように教える思想=律法は廃れた!というまやかし、嘘、龍の物言いを皆が、あたかも正義を唱えるが如くに絶賛、拡散する理由は、神の言葉が
悪い、古い、廃れた、恵みのない生き方が書かれている!
という、これまた、第四の獣の語る龍の物言いが、拡散され続けて、浸透しているからです。
古い律法に戻ることを促す悪い教えだ!これが、龍の物言いと
イエシュアがヨハナンを通して、警告していること、預言書に
記された警告そのものなのです。
神の言葉に意識を常に向けて生きることが、悪いことだ!?
神の教えから、人の意識を反らせて、神の言われた事とは違うことをやらせた、やらせているのは、何ですか?
蛇であり、神に敵対するサタンの行為そのものでしょう。
子羊が語る真実では、第四の獣=666=神の言葉を捨て去るよう教えるローマ発祥の龍の物言いを聖書であると、聖書に書いてもないこと、まやかしを信じ込んでいるのです。
クリスチャンの間に存在し続ける偽予言をする偽教師、偽預言者の語る「いつ再臨がある」空中軽挙で消える!という現実逃避思想を刷り込む発表を聞いただけで、それらは、偽預言者の偽予言であると、神の言葉から識別、認識できないとならないのです。
時の有名牧師や、その後アメリカのメガチャーチの牧師達まで
なぜ、書籍に記して、偽予言を発表するのか?いや誰も周りで
その偽予言に警告しないのか、その方が不思議な現象なのです。
詰まり、聖書を正しく理解していない人ばかりが、いるという
ことになるのです。
聖書を正しく知らない人に、聖書だと言われて、人の思想を通した聖書解説を教えられてしまっているのです。
神でもない人間が、神から言葉、予言、幻を預かったと発表すること自体が、異端、カルトそのものに成り代わっているのです。
それが、聖書に書かれているのです。
なぜなら、その日を、地上に居られた時のイエシュアも
「その日は誰も知らない。伝えられていない。子も知らない。」と言われたでしょう?
イエシュアの言葉=父の言葉を丸無視する信仰とは、偽物の教えを土台にした宗教を信じて、神が伝える永遠普遍の言葉を
666=捨て去っているからです。
なぜ、神の言葉がはっきりと教えている事実を塗り替えるのか
偽予言を堂々とし続けるのか?それらが、嘘!と聖書から気がつけないのか?その事を不思議に思った方が良いのです。
偽の教えから出た、神からではない様々なムーブメント、
リバイバル運動、その他無数の運動、思想、スローガン。
聖書が閉じられた後、聖書に登場する神の言葉の本編を記した
モーセのような預言者や、その他聖書を書いた預言者、
使徒など今の時代にはいません。
しかも、それら預言者、使徒を名乗る人たちは、預言者や使徒が
理解していた、ヘブライのトラーなど正しく学ばない人達であり、しかも、神の教えが廃れた!と信じる、そんな預言者や
使徒は、その時点で偽物!と識別できないとならないのです。
預言の賜物とは、霊媒、くちよせ、占い師のように、人や国の未来を預言することなどではないのです。
預言者とは、クリスチャンが想像しているように、未来預言をすること、する人のことではありません。
神の言葉、トラーから外れて生きている人、黙示録の5つの群れ、
5人の油を持たない花嫁、そして、イスラエルが辿った
神の教え、はじめの愛を捨てて、異教の神々、女神の偶像礼拝
偽物の教えを交わり、それらを通して、イスラエルの神を
礼拝したこと、金の子牛、人間の思想を通して神に近づくことを
している人たちへ、神の教え=トラー=モーセの五書=婚姻契約の生き方に戻れ!と警告したのが、預言者であり、それらが
預言書になっているのです。
そして、その預言者達は、ことごとく煙たがられて、殺されたでしょう。
神の言う事なんて、聞きたくない!この態度が、神の言葉を否定
捨て去る、終了!という事を主張する事から、出ている事に
気がついて下さい。
預言とは、神の言葉を正しく理解して、人に教えることのできる
そのようなの知識、実態、賜物、才能、教育を持つ事です。
それには、正しいトラーの学び、神の言葉を正しく理解して
生きる事をする成人でなくては、それは出来ません。
人に神の教えを捨て去るように、終了!関係ない!などと教える
そんな預言者はいません。
聖書を正しく知らないから、自分を預言者、使徒などと夢見る人の様に幻想を信じられるのです。
神の言葉を否定する、捨て去る、無効、破棄された!と人に
教えるような預言者、使徒、メシアなどは居ません!
1世紀後半から出現した聖書とは違う教え、龍の物言いを語る
神の教え、トラーを堂々と否定した、西洋教父達。
そしてその後の第四の獣、ローマ帝国が神のトラーと神のモアデイムを変えた別物の宗教を作り、神の言葉を廃れた!という事にしたのです。人間の仕業であり、神の前に罪であり、敵対行為なのです。
そうすると、古い教えは、異邦人には関係ないとか、これは
イスラエルに言われている事で、今の自分たちには関係ないという、神の言葉を否定、曲げることを堂々と発表し、その偽の教え
聖書から逸脱した聖書解説を、恵みの時代の新しい神の教えと
聖書に書いてもない嘘を、神学校で、日曜日の講壇から語られる
主題説教で、聖書ではない教えを教えられ続けてしまっているのです。
神の言葉を、人間主体で、選別、仕分け、削除、破棄出来るという時点で、もう完全に聖書からはズレています!
人が神になり変わっているのです。
そのような事を考える人は、神の考えとは、一致などしていません。
第四の獣が作った思想と一致して、神の言葉が聞けない、み言葉が理解出来ない飢饉に陥ったままなのです。
以下を読んで、今の自分に神が直接教えていると理解しないなら、その時点で、聖書信仰などとは言えない、ローマ帝国教
人間教信仰になっていることが、判定出来るのです。
神の言葉を人間が捨て去る、それが666で表される
ヘブライ文字の意味だからです。
偽預言者の語る偽物の主張には、刈り取るべき重い重い結末が
付いているのです。
申命記 13:1 あなたがたのうちに預言者または夢みる者が
起って、しるしや奇跡を示し、
13:2 あなたに告げるそのしるしや奇跡が実現して、あなたが
これまで知らなかった『ほかの神々に、われわれは従い
仕えよう』と言っても、
<この箇所をイエシュアが考えて解説しているのが、
マタイ7章です。>
マタイ 7:13 狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、
その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い。
神の教えを捨てよ!罪を罪、聖別を汚す行為が何か、人が何を
生きて、何をしないように造られているのか、神の言葉を捨てる、
滅びにいたる門は大きく、大衆がそれを語っているでしょう。
預言者の警告、神のトラー、契約に書かれた生き方に戻れ!
と警告した預言者は皆殺されたのです。誰も、神の言われることなど聞きたくない!都合の良い事、自分に納得行く事だけ、
お恵みだけ下さいという信仰は、異教の神々に近づく近づき方、
偶像礼拝と何も変わらないものです。
誰も、神を求めているのではない。神が伝えることを知ろうと
考えていない。イコール、神の言葉は廃れた!という事に
しているからであり、自分の願いをゴリ押ししたい。
7:14 命にいたる門は狭く、その道は細い。
そして、それを見いだす者が少ない。
<どの時代も、残りの民、神の教えに根付き、イエシュアが教えた通りに生きる人の方が少ない。聖書、神の言葉を正しく教える人が少ない。>
7:15 にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
<見かけは羊、でも中身は強欲、龍の物言いを語る。神の言葉
教えを聞くのではなく、人間の思想に聞き入っている。>
7:16 あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。
茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
7:20 このように、あなたがたはその実によって彼らを見わける
のである。
7:21 わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
<西洋人が考える、天国地獄行きという考えを捨てて下さい。
ハデスの門に立っているのは、ギリシャ神話の架空の人物
又は獣なのです。煉獄をカトリックが語るのと同じ。
聖書の中には、当時の中近東にある異教の神々、そして条約
や契約の結び方、同じようなやり方でされているのです。
神と訳されている言葉、エル、エロ匕ームも、異教の神々に
対して同じ言葉が使われています。
聖別と言う言葉もそうです。
聖別とは、それぞれの神の目的に沿った通りに、取り分けられていると言う意味だからです。
西洋文化、又はアジア、日本にあるものを投影して、聖書に書かれている事を考えるから、聖書の事実ではない空想、思想を編み出すのです。
この牢獄から、地上へ人が出ないようにするのが、ハデスの門で
見張っている人、動物です。ギリシャ神話です。神話を通して、語っているのです。
ゲヘナも、エルサレムに実在するゲヒノムの谷です。
そこには、囚人、身寄りの無い人が捨てられ、火で燃やされる
場所があったのです。イスラエルは埋葬です。
古代は他の国も皆埋葬です。
しかし、それらの人は火にくべられた。要らないものが火にくべられたのです。地獄のかまどというのは、空想です。>
7:22 その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。
また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。
<トラーや、諸書に記されたイスラエルが辿った過ち、罪が
そのまま記されています。
主の名を使い、不思議、奇跡、悪霊を追い出し、力あるわざをしていた。これは、西洋宗教という別物を通して、主の名を使い
やっていることと、全く同じ警告がされているのです。
神の名を利用しても、名=実態はイエシュアではなく、獣、
龍の実態である。
その人たちへ、突きつけられた厳しい言葉があるのです。
イエシュアが言われた言葉です。
7:23 そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
不法とは、非道徳的なことや、悪行、犯罪という意味ではありません。
正にクリスチャンの間で教えられている、神の教えを捨て去る!終了!という思想、行動のことなのです。
神の教え無し!と言う意味です。アノモスと言うギリシャ語は
神の教え=トラーが無い!と言う意味だからです。
あなたを知らないとは、契約の中に結ばれた関係にはない!と
いう意味です。契約を破った生き方をする嫁、詰まり、隣の旦那の言われる事は、死守し、大事にしているのに、本当の夫の言われる事を大幅に捨てている、そういう関係のことです。
自分の気持が主体で、夫の言われる事に、注意など払わない生き方のことなのです。
神が結ばれた婚姻契約の生き方をしていない、
神が提示して伝えた通りを生きないなら、あなたはわたしとは
特別に近しい関係でもなんでもない、知りません!
知らないとは、関係を結んでいる中で、生じる、裏も表も
知り尽くしている、夫婦間の関係を表すヘブライ語であり、
実態のことだからです。
実態、体験を持っていること、知るです。
神の言われたことを捨てて、関係ない事する、その人は、
イエシュアに属する生き方を捨てているから、知らない!
と言われたのです。
そうすると、神との関係から遠く離れた宿営の外、蚊帳の外に
追いやられる事は、聖書に至るところに書かれているから
分かるはずです。
神の仰せを愛し、神の大事にしているシャバット、神の民に与えた婚姻指輪が表す生き方をガードする人、異邦人も、未来神の家祈りの家の一番親しい場所、お茶の間、祭壇に招かれ、そこで
神とともに特別な祝宴をする。それらは、シャバットであり、3新月、祭りです。
特別に聖別された祝宴に招くと書いてあるのです。
関係が希薄な人は、神の祝宴に招かれず、遠く離れた場所にいると言う事でしょう。
古い悪い人を縛る律法のその記念日は廃れた!と言い、
毛嫌いを表す人は招かれないのは当然でしょう。