人の作り話の聖書解説を信じるから聖書の事実が隠されてしまう | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

以下は未来預言であり、寓話、たとえ話ではありません。

未来に地上で実際に起きることを、神が伝えているのです。

クリスチャンの世界で語られている歴史は、事細かなチャート

まで作り、ごちゃごちゃ複雑であり、ダービー教が語る七変化の

神などと、聖書には書かれていません。作り話そのものです。

 

神は永遠普遍です。変わらない!神の言葉も完全で変わらない!

神がご自分の口から、そう人に伝えている事が真実なのです。

それなのに、西洋宗教、西洋教父、ダービーのような人たちが

神の言葉とは真逆の思想を、堂々と聖書に書いてある事に

真っ向から逆らい、主張しているのです。

 

そして、歴史は、悪が統治する時代と、永遠に神が統治する世界になる、この2つしかない、至極シンプルなのです。

その歴史の中で起きる事は、複雑ですが、元の原因もシンプル!

人間が、神の言われた言葉を退けて、偽物を取り入れて生きているから!そうでしょう!全くそのとおりです。

 

4世紀にローマ帝国が作った西洋宗教の教え、クリスチャンの間では、聖書の事実、記述を寓話、たとえ話と言い換えて、

実際には起きないことであるなどと預言を解説していますが、

これらは事実未来に起きることであり、空中軽挙でクリスチャンだけ地上から消えるというのは大嘘です。現実逃避思想、

自分だけこの悪の世界から開放されたら、そうだったら

どんなに楽か〜!今の現実から逃れたい!

しかし、神が言われる事は忍耐して、神の教えに根付いて、

悪に染まるな!迎合するな!

偽物に同化して、聖別を汚す生き方をしてはならない。

本当の神、権威者、永遠に支配される方の世界が到来するから

忍耐して、生きよ!と言われるのが、子羊の声です。

 

イザヤ56:4 主はこう言われる、「わが安息日を守り、わが喜ぶ

ことを選んで、わが契約を堅く守る宦官には、

 

神がよろこぶことを、よろこばない、尊重しないように、

イエシュアを信じる異邦人は、信じた最初から教師、牧師、

先輩に教えられてしまっているのです。

第四の獣、ローマが作った宗教は、神の教えを毛嫌いし

捨てるよう教え、神が愛することを愛さず、ガードせず

代わりに、ローマ帝国皇帝や教皇が愛する別物を大事にするように、人に神の教えではなく、人間の考えを教えて来たのです。

 

詰まり、クリスチャンがこよなく愛し、大事にしていることが

実は神の仰せでもなんでもなく、人の作った教え。

聖書とは何も関係のない人の編み出した教え、人間が4世紀に

作った、人の作り物の教え、宗教の教えであり、それらの教え、儀式、記念日を通して神に近づく事に対して、神が姦淫の罪、

偶像礼拝、まやかし、偽証罪、神を汚す行為、聖別を汚している!と警告しているものであるとは、聖書を読んでも、

全く気がついていないことが無数にある、やっているのです。

 

見かけが子羊で角が2本あるが、語る物言いが龍の声。

本物らしくて、実は偽物!空虚、まがいもの、神の聖別を汚す

罪であり、神が最も忌み嫌う行為を分からないままやらされて

しまっている。

真実を教えられ、真実に気がついたら、真実を選べる事ができるのです。

神の目に罪、聖別を汚す行為が何なのかも、神の言葉を捨てる

場合には、理解できないままになるからです。

 

黙示録13:11 わたしはまた、ほかの獣が地から上って来るのを

見た。それには小羊のような角が二つあって、龍のように物を

言った。

 

そして、それは、神の教え、トラーと、神が創造された

モアデイム、アポイントメントの日を変えるとダニエル7:25で預言された通りの事を、第四の獣が実際にやったのです。

 

神の言葉、教え、生き方を堂々とないがしろにして生きている、その事に関しても、全く気がつけないのです。

それは、聖書ではない、人間が編み出した宗教の教え、

神の教えを否定した、反ユダヤ、反モーセの五書思想を

聖書だというまやかしを、信じた最初から刷り込まれているからです。

聖書に記されている、ユダ族、ダビデの家系から出るメシアで

あるイエシュアを信じた最初から、イエシュアが教えられた通りの契約に根付く生き方など教えもしない。

 

神が人に伝えている永遠普遍の本物の生き方のかわりに、

第四の獣が作った宗教は、神の教えを捨てて、否定して、

神が禁じている別物の生き方を教えるものだからです。

それら聖書ではない教え、実践、儀式、記念日を

人に浸透させてしまったからです。

これに気がついた世界中の大勢のクリスチャンたちは、

徐々に、そして完全に、神が伝える本物の生き方、教えに戻る

軌道修正をする道に切り変えているのです。

 

イザヤ56:5 わが家のうちで、わが垣のうちで、むすこにも娘にも

まさる記念のしるしと名を与え、絶えることのない、

とこしえの名を与える。

 

クリスチャンは「わが家、神の家、祈りの家」を嫌うような意識を刷り込まれています。違う概念を刷り込まれているからです。

 

 56:6 また主に連なり、主に仕え、主の名を愛し、そのしもべとなり、すべて安息日を守って、これを汚さず、わが契約を堅く

守る異邦人は――

56:7 わたしはこれをわが聖なる山にこさせ、わが祈の家のうちで楽しませる、彼らの燔祭と犠牲とは、わが祭壇の上に受けいれられる。わが家はすべての民の祈の家ととなえられるからである」。

神を信じるとは、神と特別な関係を結ぶことに、同意したという

ことなのです。神の言われる事を、受け取り、信じて、それを

生きる、それが神を愛するという神が伝える本当の意味です。

神が伝える今迄知らなかった生き方を、1から神に教えられる事に同意することなのです。

そして、神が言われたことを、神の者とされた人は生きる!

「生きることは、キリスト」とはそれです。キリスト=言葉。

神の伝える実態と違うことをする、それは、イエシュアを地上で正しく表していない、別物の影を投影した生き方です。

宗教の教えの影が、たくさんうごめいているのです。

 

言葉で伝えられなければ、一体何を生きたら良いか、人は分からないでしょう。言われた言葉を、聞いて理解して、言われた通りを生きる、これが、生きることはキリストと書いてある意味です。

空想、インスピレーション、感情、エクスタシー、印、奇跡、

癒やし、不思議体験の世界を求めよ!感じよ!などと、

神は1度も教えても居ません!

それらは、異教徒が求めるものであり、危険区域

偽物の教えに惹かれて行く戸口に入り込んでいるのです。

 

神の教えを全く知らなかった以前とは違う、新しくされて、

神の者となった人の生き方を、1から神の言葉により教えられる事が始まったのです。

それがイエシュアを通して、神の元に戻った人の生きる実態だからです。

何を生きよと神が自分に今教えているのか、神のみ旨、神の考えは神の言葉を捨てる人には、当然のごとく、伝わらないので

分からないままになります。

見えない神は、神の考えを、言葉を通して、人に伝えているのです。言葉=神が自分の中に入って来ること、それを妨害しているのが偽の教えです。

今迄の異教徒として生きてきた、先祖代々培った、慣れ親しんだ生き方、文化、慣わし、風習とは、決別しないとならないということを、理解していないのです。混ぜものをすることは、禁じられている。

 

以前の生き方を、神の家に、その構造をそのまま取り込みながら、同時に神の家には住まえないのです。

以前馴染んでいた生き方のガラクタ、中古品、偽物、異物を

神の家には持ち込めない!

それらが、神の家に入る前の儀式の一連でも教えられているのです。

それらは、神が言われた通り、神の国、天の国、神の大家族の

生き方、婚姻契約を信じた人は生きる!と教えられているのに、

西洋宗教は、信じた後は、第四の獣=ローマ=人間が編み出した宗教の教え、又は人が判定して自由に生きるという、偽物を教えられているのです。

神の言葉を聞いて、その通りに生きる人のことを、イエシュアが

か語られています。

それは、岩の上に建てた家と例えています。

岩=イエシュア=神の言葉に根付いて生きることなのです。

 

マタイ7:24 それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。

7:25 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。

 7:26 また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を

砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。

7:27 雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである」。

 

岩の上、イエシュア=トラー=神の言葉が伝える事実の上に

生きる事を話しているのです。

この岩の上=イエシュアの実態を生きる事、それが神がエデンの

園から継続している1つの神の大家族に人を加え続ける事が

書いてあるのです。

 

一方、オリンピアローマ、龍の声が語るのは、神の教えが廃れた!という大嘘です。イエシュアが語られる言葉とは、モーセの五書=父の教え=トラー=婚姻契約=はじめの愛、神の教えであり、それを聞いても、捨てて行わない場合、砂の上に家を

建てる愚かな人と書いてあるのです。

それをさせているのが、龍の物言いが語る、偽物の教えです。

神の教えを捨てよ!廃れた!関係ない!律法主義だ!恵みのない

生き方だ!律法に戻るな!!!

しかし、イエシュアが言われる事を聞くと、この龍の声が

嘘であることは、100%証明されるのです。

偽の教えに騙される。神の言葉を捨てよ?無用?廃れた?

そんなことをいうのは、サタン、666、龍、蛇の声そのもの

なのに、クリスチャンがその偽物の声を復唱するように教え込まれてきたのです。

今偽教師はたくさんいます。こんな動画を出しているアメリカ人が居ました。

これは、新使徒運動、英語ではNew Apostlict Reformation

新使徒改革という運動、ムーブメントですが、危険な思想でありこのカルトから抜け出した多くの人が、体験談を語っています。

詰まり、聖書を正しく教えられていれば、こんな嘘にひっかからないのです。

そして、「◯◯先生は、預言者、使徒だから、◯◯先生の言葉は

神の言葉であるから、先生の言うことを信じましょう!」と

教えています。いや、これ、普通のクリスチャンの教会でも

こんなことを言うのを何度も聞きました。

◯◯先生ではなく、聖書が何と言っているのか、自分で確かめて

正しい理解をする。神の言葉、教えと人間の教えという嘘との

識別、区別が出来るという成長をしなくてはならないのです。

 

16世紀まで、一般人は、聖書は誰も手元に持っていません。

全て手書きの書簡、コピーです。そして、異邦人の世界では、

パウロのようなトラー学者に教えられた人は居ません。

皆、西洋教父、グレコローマ哲学思想に染まり、トラーを否定する教えをする、そのような教師だけに教えられて来た、

今もそうです。

ラテン語だけで聖書を読み上げる、イコール、一般人が理解出来ない言葉で聖書を読みあげたのです。

そして、教皇、司教が、自分の思想、宗教の教えを通して

聖書解説をする、そんなことしか聞かされて来なかったのです。

 

それでは、聖書は正しく異邦人の間には、伝わらないまま、

教えられないままであるのは当然の結末なのです。

イエシュアが教えられた教えではない、別の教え、別の福音が

伝えられたのです。

大体、人間が神の言葉が終わり、終了、十字架で処分された、

破棄された、無効という宣言をする、その思想自体が、

聖書に警告された666,神に反する敵対する思想であることに、全く気がついてもいないという恐ろしい落とし穴があるのです。皆が神=言葉に逆らう主張を復唱する、異常事態。

人間が神になり変わる。それがローマ皇帝であり、自分を神の子と称し、神殿、宮殿に救い主、神の子と宣言して立っていたのです。第四の獣の正体。

その獣が作った宗教は、だから人間がトップ、神の座に座る

ローマ帝国皇帝システムとそっくりそのまま同じ構造なのです。

 

イエシュア=神は、ペテロの上に、「教会」という別物の

グループ、異邦人クリスチャンというグループなど作っていません。ペテロは人間であり、神ではない。

ペテロ、ペトロス小さい石。ペトラ、イエシュア、大きな岩。

神に呼び出された人の群れ=カハールの建物の土台、基礎、

礎となるのは、神の言葉です。

聖書に登場するイエシュア信者は、殆がユダヤ人である事実を

考えて下さい。

ローマ帝国が作った混ぜもの宗教などに迎合、シンクロ、同化

混ざれないユダヤ人イエシュア信者は、偽物に巻かれないまま

世界の四隅に散って、深く静かに目立たないように潜んでいたから、彼らユダヤ人イエシュア信者に関して、一切語られなくなっただけです。

ユダヤ人は、とことん黙らされ続けて来たのです。

律法は廃れた!と言うクリスチャンの間で、神の言葉は永遠普遍だ!という主張は、黙らされて来たからです。

特に、トラーを書かれた意味通りに語る事は、異邦人の世界では

聞かされて来なかった事実があるのです。