日本は人口が1億2千万、その中でカトリック、キリスト教を
信奉している人は、1%と言われています。
数としては、約100〜200万人です。
アメリカのクリスチャン(キリスト教徒)の人口は約2億人です。
日本に比べると、大きな差があります。
日本に入る宗教運動、宗教思想は、主にアメリカから来ます。
アメリカ人が教える、イコール真実と思い込んでいた。
その数は、成人国民の約62%を占めます。
宗派別では、プロテスタントが一番多くて全体の約40%、
次にカトリックが約20%です。
プロテスタントなど、4万3千という無数の枝分かれをしています。
近年は、無宗教の人が増えていますし、脱キリスト教信仰も続出
しています。
ユダヤ人は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ロシア帝国や
東欧の迫害から逃れるために、多くのアメリカ大陸への移住が
行われました。
一方、アメリカのユダヤ人は約500~600万人で、全人口の約2%です。これは、イスラエルのユダヤ人は、687万人、世界のユダヤ人990万人の73%にあたる人がイスラエルに住んでいます。
アメリカに住むメシアを信じるユダヤ人の数は、17−25万と言われ、世界では、35万人とされています。
これは、あくまでも推定の統計です。
異邦人で、イエシュアが教えられた教え、トラーを生きて、シャバット、祭りを祝う人、その数は分かりませんが、以前にはなかったことが、近頃では徐々に見えます。元に戻る!本物に戻る!それが
神の教え、み旨であると神の言葉から、異邦人も気が付く時代になったからです。
ここで、考える必要があります。
先ず、聖書には、ユダヤ教、又は、4世紀に作られたローマ教の教えなどは、記されていません。神の教えとモアデイムを変形させる
教えは、聖書には書かれていません。
一般的にこう考えているでしょう。メシアが来られる以前は、
ユダヤ教を教えられ、キリストが来られて、その古い悪い難しい
有効期限のあるユダヤ教の教えを、十字架で処分、破棄して、
キリスト教という新しい別の教えが教えられた!と信じていませんか?
しかし、そんなことは、聖書に1つも記されていません!!!
人が、作った思想を土台に、聖書を読んでいたら、神が伝える
永遠普遍の真実は、神の言葉を曲げる人の頭脳には届きません。
部分的に、真実を拾い出すだけで、大事なことが、ごっそり抜けた
ままになっているのです。しかも、神に警告されていることを平気でする、神の言葉を捨て、警告を素通りしているからです。
今の世界にあるようなユダヤ教も、1世紀には存在していません
でした。ユダヤ教と呼んでいるものの教え、実践は聖書
そのままそっくりではありません。
モーセの五書、イエシュアが解説している通り、1世紀当時も、
人の教え、伝統の教え、先祖の言い伝えとある通りに、
人が編み出した神の教えの解釈が、存在していました。
西洋宗教のように、人間が神の教えを直接に捨てたり、破棄したり、又は、別の教えを人間が次から次へと作り出したという教えは、
ないのです。
ユダヤ人は、文字で記されたモーセの五書=トラー以外に、
神が口頭で解説する教えがあったと主張しています。
しかし、これは、神の言葉での事実、根拠がないものです。
なぜなら、口伝律法によるトラー解釈は、ラビにより解説解釈が違う
詰まり、それぞれの人間の解釈、見解、考えに過ぎないからです。
口伝律法、口頭で伝えられたもの、それらが、人の言い伝え、
先祖の言い伝え、伝統の教えと語られているものであり、
神の教えの解説とは、異なる教えのことです。
紀元前の時代:タルムードのベースとなる教え〜口伝律法に対する
議論はありましたが、当時は「口伝(くでん)」といって、
文字にせず口から耳へと代々伝えられていました。
最初の書物化(紀元後2世紀):口伝えされていたルールが忘れられるのを防ぐため、紀元後200年頃に初めて「ミシュナ」という文書としてまとめられました。
タルムードの完成(紀元後5〜6世紀):ミシュナをもとに、
学者たちがさらに議論を交わした内容(ゲマーラ)が追加され、
最終的にタルムードとして完成しました。
これらの解説の中には、もちろん神の教えを正しく解説する有益な
ものもたくさんありますが、同時に、神の教えとは関係のないことも
多く含まれているのです。
このタルムードばかりを学んでいるのが、今の世界の正統派ユダヤ教と呼ばれるものです。ラビの思想で、教えられる。
これが、宗教の特徴です。カトリック、キリスト教も同じです。
神の言葉を、人の思想というレンズを通して、歪められ、神が伝える事実通りではない教えを、伝授されてしまっているのです。
ユダヤ教〜イズムであり、純粋な神の言葉、教え、実践ではない
人の思想が混じったものだから、ユダヤ教というのです。
カトリック、キリスト教も同じです。
しかし、ユダヤ人は、異邦人と異なり、人間が神の教えが廃れた
破棄されたという、神に対する冒涜的主張を直接はしませんが、
「ノアの7つの法則」というのをユダヤ人ラビが作ったように、
あるユダヤ人は、異邦人は契約の民ではないから、神の国、
イスラエルの神とは無関係!と考えているのです。
そして、これらの7つだけ、社会的に守れば、良いと教えます。
偶像を崇拝してはならない。
神を冒涜(ののし)ってはならない。
殺意を持って人を殺してはならない(殺人をしてはならない)。
不道徳な性関係(姦淫など)を持ってはならない。
盗んではならない。
生きている動物からむしり取った肉を食べてはならない。
(残酷な方法で動物を扱ってはならない)
正義の法廷(裁判所)を設置しなければならない。
異邦人はこれだけ守っていれば、後は神の教えは関係ない、
異邦人は契約の民ではない部外者だからというのは、
神の教えとは、全くズレた思考回路です。
それは、異邦人も、イエシュアを通して父の元に戻った人は、
もれなく、新しい名〜イスラエル=神と格闘して乗り越えたという名の大家族の一員、接木された、イスラエルの羊の囲いと同じ囲いに
加えられたと書いてあるからです。
異邦人も同様にと、何度も何度も書いてあるのに、人間の教えが、
神の教えを塗り替えているのです。同じ天の国の共同相続人になった。
神に呼び出された人、カハールは、1つの共同体、大家族であることが、聖書に書かれているに、その事実を丸ごと無視しているのです。
その異邦人の特徴は、トラー=契約に根付く生き方から、以前は遠く離れていた、しかしイエシュアを通して、神の元に同じように引き
戻され、1つの家族となったと書いてあるでしょう!エペソ2章。
神の大家族は、キリスト教、デイスペンセーション神学その他が
主張するように、別々の教えを生きたり、別々の違う記念日を祝いません!神の同じ教え=契約を生きて、神の創造されたシャバット、
新月、祭りを祝う!と書いてあるのに、通じていない。
神の教えを捨てよ!と教えられているからです!
イエシュアを信じた後も、クリスチャンは、神の与えた唯一の契約、
契約に根付く生き方から、今も遠く遠く離れたローマ教の宗教を教えられ、宗教の実践していることに、全く気がついていないのです。
神の壮大な修復計画は、エデンから出て、エデンに戻る。
一体として作られた大家族が、1つに戻る。1つ神、1つ神の家、
神の家の同じ家訓、トラーを生きることに戻る。
これが、創世記〜エデンを出て、黙示録、エデンに戻るという完結
が記されているからです。
ローマ教は、神の教え、トラー=契約=神の言葉を人間が冒涜的行為で作り変えた思想を土台として作られた、人間が作った宗教である
事実に目が開かれない限り、歪んでずれた、中途半端な聖書の理解しか出来なくなってしまいます。
アメリカは、西洋宗教、カトリック、プロテスタントの信奉者が
多いですから、その群れ、人間が編み出した逸脱した宗教運動が
莫大に行われて来たのです。
どれも、神から出たものではない、人間が作った宗教と、その思想から出たものです。
メシアニック運動も、カリスマ運動から出て来たものです。
それは、ユダヤ人にメシアを伝えようという主旨から、その運動
ムーブメントが作られ、始まったのですが、多くのクリスチャンが
オリジナルの教えに惹かれて入って来ましたが、そのグループは、
異邦人は関係ないから、部外者という扱いをしました。
あなたたちは、自分たちのグループに戻って!と。
そして、それらのメシアニック運動や、ヘブライルーツ運動をして
いる人達が全て、正しくヘブライ聖書を理解し、イエシュアが教えた教えを、正しく教えているのではないということも知って下さい。
正しく聖書を教える、人の思想を介さずに教える人の方が少ない。
詰まり、聖書に書いてもない教えをする、イコール、それは聖書
ではない、イエシュアが教えたことではないというシンプルな事実が
あるからです。
人間が編み出す、神の教えとは異なる思想は、エデンの園の最初からあるのです。
それが聖書の警告である、闇=騙し、偽の教えに騙されるな!
という警告なのです。
日本に入って来たのは、カトリックイエズス会の教えであり、
その後はアメリカのピューリタン、メソジスト、バプテスト、ホーリネスなど、アメリカ人宣教師が教える、トラーとは異なる西洋宗教思想、実践、ローマ教の記念日を祝うことだけを教えられました。
それらは、イエシュアが教えた純粋な父の教え=トラーではありません。
だから、聖書に書かれた教えや実践、記念日が全部削除された宗教の実践だけがされているでしょう。ある部分だけは、聖書でも。
キリスト教という人間が作った宗教の教え、クリスチャンの間に
浸透している誤解を、先ず自分の中で解かないとなりません。
それは、聖書を2つに分断して分けること、神の業を昇天以前と
以降で別物の教え、別物の贖い、救いの方法があるという、
事実とは違うことを教え、考え続け、実践続けること。
そして、イエシュアが罪の赦しを完了したから、神の教えが同時に
破棄、処分、廃れたと教えることです。では、神の教えは人を縛る
それこそ、律法なのですか?律法で人を縛る生き方を与える神?
子羊の血の代価、贖いで表される贖いの事実は、永遠の中にあり
永遠の中に完結しているものであり、2000年前に初めて完了
成就したものなどではありません。
だから、見ないで信じるものは幸いとあるのです。
アヴラハムは、未だ未来に地上に来られない、再臨のイエシュアが
統治する時代が来ないのに、それを信仰で受け取り、見て、イエシュアの日を喜び楽しんだと書いてある意味を、書いてある通りに理解しないとなりません。
ノアは、神から直接神の言葉=トラーを教えられ、イエシュアの
贖いを信仰により受け取ったから、聖霊が内側に住み、それゆえ
神と関係を持ち神と対話でき、神により義とされたとあるのです。
神により義とされる唯一の方法は、イエシュアの血の代価の事実を
信仰により受け取る以外ないからです。
それをイエシュアも言われたでしょう。
誰一人、人種に関わらず、時代に関係なく、父の元に戻る方法は、
イエシュア=子羊の血の代価を受け取る方法以外にないと言っているのに、その意味が、宗教の偽の教えを信じる人には、全く通じていないのです。
西洋哲学宗教の思想は、全ての出来事を時系列、歴史線上に見る見方ですが、聖書は円、サイクルです。どの地点でも同じ。
そしてエデンから出て、エデンに戻る、円です。
日本でも、最近沖縄で高校生が、修学旅行で政治運動の危ない船に
乗せられ亡くなった悲惨な事件を通して、今の日本のキリスト教が、神の教えから遠く遠く離れて、単なる政治思想、活動を伝える団体になったと、人々が知る所となりました。
政治に関して、関心を持ち、参加することは、必要な事です。
自分の生きる社会に対して、無関心は罪だからです。
しかし、問題の大元は、表面的なことだけを言及しても見えません。
宗教という大元の問題は、黙示録にある通り、人が、ローマ帝国の
時代、その他バビロン、ペルシャ、ギリシャ帝国も同じく、
皇帝崇拝と、異教の神々、女神の思想、儀式祭りに参加しないと
生活出来ない環境下にあったことです。
偽物の教えに、交わる、同化、迎合、融合、シンクロすることなのです。
そして、それが、4世紀にローマ帝国が皇帝崇拝を土台に作った
宗教になったのですが、それが問題の大元である!!!という
ことに、全く気がついていないのです。
問題は、神の教えではないことを、人に伝え続け、それを生きることなのです。
なぜなら、キリストが来られて、キリスト教という新しい教え、
新しい贖い方法、救いの方法、信じるだけで救われる、
信じた後は何を生きてもOK、などという宗教の教えが始まったと
いう偽情報が、これ程迄に浸透してしまったことを、
知らないからなのです。
クリスチャンの間では、道徳的なことだけ守れば、後は異教の神々の祭りや、女神の祭りに参加してもOKと思う。
又は、女神、神々の祭りをパクったものを通して、キリストを礼拝することに、何も抵抗はない。上塗りされたのが、キリストだから、
その中身が別物であることにも、抵抗はない。
神は、神が言われたこととは別物〜人間の考え、それが偶像=金の子牛で、神に近づくことを、断固として禁じているその意味を
理解していないのです。
なんでもあり!気持ちさえあれば何でも良いという、ニコライ派のゆるゆる迎合思想を土台としているからです。
直接、異教徒の祭りには参加して、異教の神々を礼拝することなどしないと考えます。
しかし、ローマ教の元自体が、混ぜ物、皇帝崇拝、異教の神々
女神の祭りを土台にした、人間が神の言葉を否定して捨てて、
変えて作った宗教なのです。
祭りとは、皇帝、ローマの神々を崇拝する、特別な礼拝日です。
そして、ローマ帝国は、イエシュアが教えられた神の教え=トラー
を捨てよ!という、反ユダヤ思想なのです。実際にトラーを捨て、
神のモアデイムを全て捨てている事でも、証明されます。
信じたら、ユダヤ人やめよ!ユダヤ的なことを一切生きるな!
そのスローガンは、ローマ帝国から出たものであるという事実が
見えない限り、黙示録を読んでも、預言書を読んでも、トラーを読んでも神が伝える教え、警告、メッセージの意味は、見えて来ません。