黙示録2章 一番小さい都市 テアテラに対する長い言及 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ローマ帝国が作った、皇帝崇拝、インペリアルカルト崇拝思想は、

神の言葉を絶対とは、していません。

今のカトリック、キリスト教も、神の言葉から益々どんどんどんどん逸脱して、漂流した思想を人に教えています。

 

その原因は、ローマ教、最初から神の言葉を曲げて、聖書信仰とは

言いながら、神の言葉は廃れたと言い、聖書とは違う教えを学ぶ

人たちに、聖書に書かれてもいない、違う教えを教えられてしまっているからです。

元々プロテスタントも、聖書信仰とは言いながら、同時に神の教えは廃れた、十字架で処分された、破棄、終了、異邦人には関係ないと

いう、人間が神の言葉を退けた、聖書に書いてもない大矛盾を信じているのです。それが新しい教えなどと、本気で信じている。

 

神が神の教えを変えた!という、聖書に書いてもない大嘘を

本当、神が言ったと、神が言ってもない事を信じているからです。

プロテスタントは、聖書の教えを大事と考える。

しかし、神の言葉は絶対である。変わらないと信じると口では言いながら、結局、実際の生き方、実践は真逆であり、神の言葉=契約に

根付く生き方など、最初から知らない、教えられてもいない、

誰も実践していない、神の教えを捨てています。

それが、エペソに警告された、同時に5つの群れに対して同じように警告されている「はじめの愛」契約=トラーに記された神の教えから離れた!という警告なのです。

 

それは、ローマ帝国の迫害で、皇帝崇拝、異教の神々崇拝の交わった

ニコライ派の教えで、これくらいいいさ、愛さえられば、気持ちさえあれば、人間が考えたことでOKと妥協を許す、異端思想です。

心は、神を信じているから、焼香で皇帝崇拝をするジェスチャーして、証明書もらうことは、生活のために仕方ないとしたのです。

心が、大事、愛が大事という言い訳をする。

神の言葉ではなく、愛が大事とクリスチャンが言うのを、何度も

聞いてきました。神は自分の本心をご存じである。

 

神は信条=行動は、マッチしないとならないと教えています。

行動がない、信仰、無意味!虚無!と言っているでしょう。

それは、イエシュアを人々に、間違った偽もののイエシュアとして

紹介し、教えてしまう、それが神の教えを否定する人たちの

生き方で、現れ出る、実態を表さない歪んだ影だからです。

イエシュアそのものではない、宗教の影が地上で無数に勝手に

動き回っているのです。

聖書を読めば分かると思いますが、聖書には今のように、神の教えが廃れたと教える聖書教師は、偽教師であるとはっきりその警告が

何度も書かれています。教師は、他の人より厳しい言及、追及

裁きがあると書いてあるのです。

だから、軽々しく、神の言葉とは違う、歪んだ聖書解説や偽の教え

偽預言をしてはならないのです。

神の言葉を否定する、偽の教え、偽の教えをするのが偽教師です。

全ての人は、神のモアデイム、シャバット、新月、過越、仮庵を

祝っていた。

皆が、熱心にトラー、預言書に記されていることを学び、

トラーを生きていたことしか、書いてないのです。

聖書のどこに、神が神の教えを十字架で処分して、破棄し、

ローマ帝国の皇帝崇拝の日、日曜日にシャバットが変更され、

神の祭りを全部すて、その代わりにローマが作った異教の神々

祭りを作り変えた、クリスマス、イースターを祝う。

神の教えを捨て、神のシャバット、新月、祭りを、神が捨てよと教えた!と、そんなこと、どこに書いてありますか?1つも書いてない。

 

今はどうですか?イエシュアが教えたトラーを捨て、それを正しく

オリジナル聖書、ヘブライ聖書から教える事などない。

教えられない。

それは、異邦人の間では、ヘブライ聖書を教える教師が、いない、

育っていないからです。人材がない。

人間が作った宗教の教えを土台にしたまま、人間の思想で、

神の言葉を翻訳聖書から解説する事だけしか、されていないからです。

 

4世紀ローマが作った律法は廃れた!という教えを信じ、

キリストを信じるだけで良い。

後は、神の教えは、道徳的なことだけ生きれば良い。

いや、LGBTQなど、以前の常識ある人なら、後ろ指さされるような

おぞましい行為が、今やクリスチャンの間で、支持されているのです。どの罪ズレも、結局、人が神になり変わり、神の言葉を変える

別物を生きること、それが問題の原因なのです。

自分の判断で、今はいつでも、シャバット、祈ればなんでもきよくなる!これでは、神が伝える神の者である人の聖別の意味など、

永遠に理解できません。

ローマ帝国が作った、皇帝崇拝の日、太陽神の日の日曜日に変更された日を死守せよ!宗教団体に加入し、その団体、所属する場所に

集い、その宗教活動に熱心になり、十一献金をすること、奉仕する

こと、伝道活動すること、それが神を愛している証拠!と教えられてしまいます。本当に人を縛る偽物の教え。

聖書には、ローマ帝国が作った宗教の実践をせよとか、している

そんな人など一人も存在してませんし、書かれてもいません。

 

では聖書とは違う教えを実践しているこの現状、それはいつ

どこで、なぜ一体こんなことになったのか?どこから落ちたのか?

それを、考えないとならないのです。

どこから落ちたのか?どこから、偽の教えが途中で入り込み、

神の言葉を、人の作った神の教えを否定する偽の教えと

すり替えたのか?

それは、ローマ帝国の迫害で、神の教えを捨て、神のシャバット、

祭りを捨てさせ、ユダヤ的な教え全て、勅令により捨てさせられ、

代わりにローマ帝国が作った皇帝がトップの階級システムの宗教を

すること、これに、すり替えられたのが、4世紀。

それ以前から、神の教えを捨てて、ユダヤ人と離れ、神の教え=

トラーを生きる生き方から離脱する異邦人が続出したのです。

ローマ帝国に、重税を課せられ、果ては処刑されるからです。

これが、本当の原因、クリスチャンが神の教えを神が廃れたという

嘘にすり替えた解説をしている、それは嘘であり、ローマ帝国による迫害と、それに迎合した異邦人が、ローマ教の偽物に染まったから

それが本当の理由なのです。

ローマ帝国の迫害から、逃れるため、はじめの愛を捨てた!

黙示録の警告と、全く同じなのです。

皇帝崇拝を拒否し、異教の神々、女神の祭りに参加せず

イエシュアが教えたトラーを生きて、割礼を施し、きよくない動物

異教の神々の祭壇に捧げられる豚を食べなければ、処刑されたなら

それを、してもしょうがないさ。それがニコライ派の教えと書かれているものなのです。

なぜきよくない動物を祭壇に捧げる、食するのだと思いますか?

異教徒だからです。

ギリシャ帝国が、紀元前2世紀に、エルサレムの神殿をのっとった時、何をしましたか?

街中にゼウス神の像を設置し、エルサレムの神殿にもゼウス神を

設置し、それを崇拝させた。その祭壇に豚をささげ、豚の血を

神殿中に振り撒いた。

これが、イスラエルの神に対する冒涜行為であることを知っていたからです。

イスラエルの神は、神の民にきよくない動物を食すること、

それらを、神の祭壇に捧げることは、死に匹敵する敵対、

神に対する侮辱、冒涜であり、神の宮である一人一人の人が、其の豚を食べて体内に取り入れること、聖別を汚す行為だとギリシャ帝国は知っていたから、無理やり、ユダヤ人の口に豚を入れ、飲み込ませたのです。それをしない人を、その場で、双刃の剣で刺し殺した。

そのような歴史、ローマ帝国も全く同じことをした、それが黙示録が記された当時のローマ帝国下の環境だったのです。

一番小さいテアテラの都市に対して、とても長いメッセージ、警告がなぜ書かれているのか?

その場所は、世紀末、この世の終わり大惨事と騒がれているような

ことを、日々経験した環境だったからです。

 

テアテラは、エペソやペルガモンのような要塞、山、丘があり、

遠くに迫る敵の軍隊が見渡せる場所もない。

軍事力があり、経済的にも力のある都市ではありませんでした。

テアテラは大きな平野に位置しており、周囲に険しい山や天然の

要害がありませんでした。その為、侵略者からペルガモンなどの

周辺の大都市を守る軍事的な防衛拠点の役割も担っていました。

平地であり、要塞軍隊が通過する駐屯地のような場所だったのです。

そして、そのような場所に、ユダヤ人を住まわせたのです。

経済的に何もなくては、困るからです。

しかし、そこは、日々、大惨事の危機、敵の王朝に襲われるという

恐怖が存在する、困難な場所だったのです。

 

1. 繊維と染色の街

テアテラは古代から赤や紫の布の染色で有名でした。『使徒の働き』に登場するリディアという女性は、テアテラ出身の「紫布を売る商人」でした。 

2. 強い影響力を持った同業組合(ギルド)

商売をするためには、それぞれの職業の同業組合に加入する必要がありました。 

主な職業: 羊毛・リネン労働者、なめし皮職人、パン職人、

青銅細工職人など。

組合の様子: 組合の会合には偶像崇拝や宴会が伴い、

初期のイエシュア信者たちは、信仰と仕事の板挟みになりました。

 

紀元前330年頃のテアテラ(現在のトルコ・アクヒサル)は、

ペルシア帝国を破り東方遠征中だったアレクサンダー大王

(またはその部下の将軍たち)の支配下に入りました。

この時期にマケドニア人によって古代都市として再建・発展

させられたとされています。

主に、軍隊駐屯地として、この地を活用しました。

南北ルートをガードし、ペルガモンからの財宝を運ぶためです。

 

ソルーカス(セレウコス1世)は、アレクサンダー大王に仕えた

マケドニア王国の高名な将軍であり、大王の死後にセレウコス朝

(セレウコス帝国)を建国した初代国王です。

(紀元前358年頃 - 紀元前281年)

ソルーカスが、この地を駐屯地として、多くのユダヤ人を入れました。駐屯地を守るため、ユダヤ人に住まわせ、経済を回したのです。

どこから、敵に襲われるのか分からない状態の地に何百年も

住んだのです。

戦争、争い、そして抵抗、安定のない環境という記憶しかない土地。

次に敵に侵入されるまで、常にサバイバル生活。

 

1世紀のテアテラにおける守護神は、ギリシアの太陽神アポロ

(アポロン)です。そして、このアポロ神と融合した現地の神

(土着の神)の名はテュリムノスといいます。

この2つの神が融合した結果、テアテラでは「アポロ・テュリムノス(Apollo Tyrimnos)」という独自の複合神として熱狂的に

崇拝されていました。

 

1. アポロ・テュリムノスとはどんな神か?

テアテラはマケドニアの退役軍人たちが移住して再建された都市だったため、ギリシアの宗教と地元のルディア地方の信仰が混ざり合いました。

姿と特徴: ギリシアのアポロのような美しい少年の姿ではなく、

「馬にまたがり、戦斧(両刃の斧)を肩に担いだ荒々しい戦士」

の姿で描かれることが多く、町の軍事的な役割を象徴していました。

 

神格: 「太陽神(ヘリオス)」としての性質、戦いの神としての性質、そして町の「始祖・守護神」としての性質をすべて兼ね備えていました。 

 1世紀当時の宗教的な状況と「皇帝崇拝」

1世紀のローマ帝国(テアテラ)において、このアポロ・テュリムノスの信仰は政治的・経済的にきわめて重要な意味を持っていました。

 

ローマ皇帝との融合
1世紀当時、テアテラの人々はローマ皇帝を「アポロ・テュリムノスが人間の姿をとって現れたもの(アポロの化身)」として

崇拝していました。

そのため、アポロもローマ皇帝も同じ「ゼウスの息子(神の息子)」として讃えられていました。

 

同業者組合(ギルド)との結びつき
テアテラは、衣服、染色、銅細工、革製品などの同業者組合

(トレード・ギルド)が非常に発達した商業都市でした。

これらのギルドはすべてアポロ・テュリムノスを patron(守護神)

として祀っており、商売を行うためには、この神の神殿で行われる

お祭り(偶像に捧げられたきよくない動物、豚のような肉を食べたり、儀礼的な不品行を行ったりする宴会)への参加が義務づけられていました

 

テアテラのアポロ神は、「アポロ・テュリムノスが人間の姿をとって現れたもの(アポロの化身)」とあるように、馬としてなぞられて

います。軍事力を表すものです。

 

黙示録2:18 テアテラにあるカハール、群れの御使に、こう書きおくりなさい。『燃える炎のような目と光り輝くしんちゅうのような足とを持った神の子が、次のように言われる。

 

アポロ・テュリムノスは、ローマ帝国で、Son of God、神の子

神の息子と呼ばれ、それと同じタイトルを、18節で使っています。

神の子とは、日曜学校で聞いているものではありません。

ローマ帝国下、皇帝崇拝、皇帝が神であるとしている環境では

この「神の子」とは、神=皇帝を表すタイトルだったのです。

神の子と、皇帝以外に対して使う事は、国家反逆罪にあたるものでした。

 

この箇所ローマが読んだら、アポロテュリムノス神のことかくらいにしか、読み取れないのです。

ローマ帝国では、シーザーが殺害された後、シーザーが神であると

認定しました。

この思考回路が、ローマ教にそっくりそのまま繋がっているのです。

皇帝=神。神のために全てが存在する。神々、女神、その神殿に

仕える、祭司、そのトップが教皇です。

よく考えれば、見えます。どこから落ちたのか?このローマ帝国から

出現した、人造宗教システム、神の言葉を人間が変え、捨て、

聖書とは違う教えを次々と編み出し、皇帝=教皇=神と同じ権威を持つと主張する事、これが、西洋宗教の思想の土台なのです。

皇帝〜神でした。シーザー、その養子である息子、アウガストが

その神の称号を継承したのです。

「デイビイ フィリアス〜神の子」son of godというタイトルを

受けたのです。

見えますか?ローマ帝国、皇帝カルト教、それを土台としてローマ

帝国が作った混ぜ物宗教が西洋宗教です。中心は、実は人間、皇帝!

その混ぜ物、偽物に交わるな!!!という警告が黙示録の警告なのです。

5つの群れ、どれも、神の教え=トラー=契約を捨てた生き方をし

偽ものの教えに混じった!はじめの愛=トラー=契約を忘れ、

ずれた生き方をしている!神の教え=トラーに戻れ!とヨハナンが

書いているとは、クリスチャンは全く読みとらないまま、

黙示録が、この世の終わりの大惨事、レフトビハインドの

ストーリーが書かれているというような、別の聖書解説が浸透してしまっているのです。

 

 

 

燃える炎のような目と光り輝くしんちゅうのような足とを持った神の子 アポロ・テュリムノス神になぞられて、イエシュアご自身が語る