聖書を誤解して読み解く理由は著者が意図した内容モーセの五書 預言書を書いてある通り理解していない | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

聖書に記された内容を、書かれた意味ではなく、違う解説に変えられてしまっている理由は、聖書が書かれている言葉、当時の文化、

当時の人が理解していた事、その他諸々、預言者が書いた内容、

意味を理解しないまま、現代の自分達の世界の言葉、文化、思想で

勝手に空想し、曲げて、歪めて解説しているからです。

 

黙示録がこの世の終わりのシナリオが書かれた書と、当然の如く

クリスチャンの世界ではそう信じられていますが、黙示録を書いた

著者自身に、そのような意図は全くないのです。

 

神の視点から見る歴史は、サイクルだからです。

エデンから出て、エデンに戻る。神の創造された通りの姿、生き方に

全ては戻る。

それが、捕囚、そして帰還でも表されているのです。

神の契約_教えから外れて、神を裏切り生きて、偽物を生きた。

そこから、本当、本物、神の性質通りに造られた人、その人の性質生き方が、トラー_契約書に記された本物の生き方。

全てがそれに戻る!

 

黙示録は、迫害、患難の下に生きていた1世紀当時のユダヤ人

イエシュア信者達に対する、その時を生きるガイドライン、

指針を教えているものです。

そして、それは繰り返される。どの時代の人へも、同じ励まし

教訓、メッセージ、警告だからです。

考えれば分かるでしょう。歴史の中で辿った大惨事、悲劇、戦争

ユダヤ人は迫害の歴史。それは繰り返されています。

ホロコーストでは、600万のユダヤ人が殺戮された。

第二神殿崩壊時は、110万。その後も様々な迫害、殲滅にあって

来たのです。

ロシアによるユダヤ人殺戮。ある村に入り、全員を殺害するような

こと。ここからたった一人生き延びた少女が、アメリカに移住した

そこで起きたことを語り部として伝えているのです。

これ以上の悲惨な出来事ある?と思うことが、繰り返し、繰り返し

起きているのです。

 

神のメッセージ、その中心は、神の契約に根づき、神の恵、約束を疑わずに信じて、神の教えに踏みとどまり、捨てずに生きよ!これが、どの書でもどの預言者が伝えたことでも、全く同じ共通のメッセージ、神からの託宣なのです。

 

そして、クリスチャンの世界で語られ、事細かなチャートまで作られている、複雑な歴史を、線上に見る見方と、聖書のサイクルー循環思想とは全く異なる捉え方、概念です。

 

歴史は2つだけです。イエシュアが来られて未来を神が統治される

世界と、それ以前の悪で統治された世界。この2つだけです。

エデンから出て、エデンの状態に戻る。

イエシュアが地上に人として最初に来られた、これが終わりに

近いことが、分かる。その近さは、人間が考えるものとは、

違うようです。なぜなら、当時の人は、直ぐメシアが来られると

考えていたでしょう。もう2000年も、悲劇、惨事の歴史を

通っているではないですか。

 

黙示録1:3 この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて、

その中に書かれていることを守る者たちとは、さいわいである。

時が近づいているからである。

 

預言の言葉と、ヨハナンが伝えている意味は、何ですか?

神の契約、預言者モーセが記した神の家、神の大家族が生きる家訓

契約ー神との関係を証明し、神の家で生きる上での全ての教え

それを、ガードし生きる人は幸いと書いてあるのです。

 

黙示録は、ヨハナンが勝手に語る未来預言ではありません。

これに照らし合わせると、神の契約が廃れた、律法は破棄された

古い無用の教えだ!これらが、聖書に真っ向から反する、聖書ではない教え、思想、概念であることは、聖書に照らし合わせれば、証明

されることなのです。

 

ヨハナンが記した内容は、ローマ帝国、神の教えと神のモアデイムを

捨てさせた、禁じた、その迫害下にあって、神の教えを捨て去ろうと

命乞いをする方がマシと、希望を失い絶望して誘惑に駆られそうな人々に対しての、神からの励まし、神の約束、未来への希望がある

言葉を思い出せ!ということがメッセージの中心なのです。

 

重複になりますが、預言と聞いたらクリスチャンの世界では、未来に

起こる予測不能な様々な出来事を人に伝える、霊媒、口寄せと同じように考えているのです。

ギリシャ、ローマ帝国、彼らの預言者は、未来に何が起こるのか?

この戦争に勝利するのか?見えない、予測出来ない未来に関して

彼らの預言者に未来を見せてもらう、それが彼らの中にあった預言

預言者なのです。

しかも、高い所に登り、恐山のように硫黄の煙が立ち上るような

場所に登り、その中に入り、トランス状態になる。

これ、悪霊との交信です。そして、彼らの神々が伝える未来預言を

得て、皇帝に伝えること、これが異邦人異教徒の中に存在した

預言者なのです。

 

一方、聖書に記された預言者は、神と直接天の中で会い、神の考えを

聞いて、人にそれを伝える役割、それが預言者です。

聖書を記した預言者。

預言者が聞いた託宣を書いたものが、預言書です。

その目的は、未来にどんな惨事が起きるということではない。

惨事は、その人々が今を生きる、過去、現在、そしてその生き様が

人に災難、困難をもたらすから、神の契約からズレた生き方から神の教え=契約に根付いた生き方に戻れ!これが、預言者のメッセージで

あり、預言書が書かれた目的そのものなのです。

そうすると、クリスチャンの間で教えられている預言の概念が

聖書とは完全にズレている、違うと言うことが分かると思います。

 

預言の書とは、トラー、預言者が書いた神の教え、契約、そこから

離れず、神の教えに忠実に生きること、それを預言の書と書いているのです。

詰まり、聖書の記者は、100%モーセの五書=契約に忠実に生きる

こと、そこからずれたら神の教え=契約に根付いた生き方に戻れ!

それが、聖書の中に記された預言者の役割、神から伝えられた託宣を

人に伝えているものだからです。

 

神の古い教え、律法が廃れた〜と主張したのが、まさにヨハナンが

警告したローマ帝国の策略です。

 

黙示録は、トラー、預言書に記された重要な内容を、ローマ帝国に

知られない方法〜暗号=隠語で書いたものなのです。

ユダヤ人は、トラー、預言書を知っていました。

ヨハナンが書く、ローマには意味不明なある言葉が何を

意味するのか、理解していたのです。

これ分かると思います。言論統制が敷かれている。その時にネットや

Youtubeでは、暗号、隠語で話していたでしょう。今も同じ。

1つ前のアメリカ選挙の時は、トランプを寅さんと呼んだり、

パンデミックの時は、流行病やら、毒物を、枠、ワクワクと書いたり。ローマ帝国に読み取られない、暗号で書いているのです。

ヨハナンが書いてある内容は、反逆罪になるからです。

ローマ帝国はやがて、撃沈し、崩壊すること。そして、そのような

悪、神の教えを知らない人達、その人達の教え、慣し、儀式、

皇帝崇拝、太陽神信仰に同化されてはならない!

 

1世紀の人は、ラメズという語り方、詰まりある一言、ある箇所の

言葉を言えば、神の教え、書かれている何章、何10章にも匹敵する

ことが、書かれている、その内容が頭に浮かぶ人達に話しているのです。こう言うことです。

ある曲、しかも、4楽章もある長い交響曲のある数小節を奏でたら

どこの楽章の何かを、そしてその曲の全体が思い浮かぶ、

もっと深く知る人は、その箇所が、どんなことを作曲家が意図して

その音、和音、メロデイーを選んでいるのかが理解できるのです。

その曲を理解している人が、聞いたら分かる、それと同じです。

 

ダニエル書や黙示録は、暗号で書かれています。

これは、特殊な書かれ方であり、その言葉、名詞、内容が何を意味しているのか知らない場合には解読不可能な内容です。

今の世界の様々な皮肉、風刺、又は現代のネット世界の言葉を

聖書を記した古代の人が聞いたら、何を想像するのか?

意味不明な言葉、理解できない内容でしょう。

 

古代の人ではなくても、現在でも、ネット用語や新しく編み出される

言葉は、調べないと分かりません。

「スパセ」とか、「リア充」と読んで、一体何なのか?分らないので、調べました。

それと、同じことなのです。当時のユダヤ人、モーセの五書、

預言書に記された内容を知る人にしか通じない、特別な暗号=隠語で

ヨハナンは、黙示録を書いたからです。

 

翻訳で、それらしく分かったつもりで読んでいることが、実は聖書に記されている意味とは全く別の理解解釈をしている、それは山ほど

あるのです。これは、本当です。そして、聖書を読む前提が

最初から、ずれていることに、気がついていないからです。

だから、古い廃れた教えなどと言っているのです。

神の教えが変わらない、トラー に書かれた様々なことが分からないから、勝手な空想で、聖書を曲げて解説しているのです。

 

世間一般に通用している常識、皆がそうだと理解していることが

実は聖書が意味していることとは、全然違う、関係ないものが

たくさんあるのです。それらに気がついていないだけです。

なぜ?それは、西洋人が作った宗教と教理を通して、現代人、西洋人が考える理解だからです。

そして、オリジナル聖書を、異邦人の間では今迄誰も教える人が、

いなかったからです。そして、イエシュアや当時の人が生きた契約に

根付いた生き方など、最初から教えられないし、実践もしていないのです。これは、大きな欠損、損失なのです。

その代わり、あのローマ帝国が作った、神の教えを否定し、削除し

人の思想をふんだんに盛り込んで作った人間が作った宗教の教えと

その教理で、聖書を歪めて解説されること、宗教の教えの実践と

ローマが作り替えた記念日を神の記念日とすり替えているのです。

神の教えを捨てて、神のモアデイムを全部捨てて、偽物の教え、

偽物の記念日をずっと継承してきたのです。

それは、聖書の内容を、正しく把握していないからであり、

人が作った混ざり物、偽物、本物ではないものを、皆がやるから

本物と勘違いしているだけなのです。聖書ではないのに。

 

神の警告は、常に同じです。契約に留まり生きよ。神の教えた通りから、右へも、左へもそれず、神が伝える生き方に忠実に生きよ。

これは、クリスチャンには全く通じない警告、預言です。

なぜなら、神の契約自体を、破棄、捨てよ、無用と教えられているからです。

ローマ帝国支配下で生きることは、本当に困難なこと、困難な時代

でした。70年の神殿破壊当時、110万人のユダヤ人が処刑され

9000人が、パンを買う値段で、ローマ帝国下にある国々に

奴隷として、ユダヤ人が売り出されたのです。これ以上の悲惨なことがあるのか?と思うのです。

そして、天と地を繋ぐ世界の心臓部である神の家を崩壊されたのです。これは、クリスチャンには全くピンと来ないものです。

 

なぜなら、キリストが来られたから、神殿は要らない、神と直接繋がれると考えているからです。

これが、歴史線上に物事を見る、神の目、視点から見ることとは

違う見方、考え方なのです。

そして、神の家が何を意味するのか、全く理解していないからです。

そこには、神の栄光と、臨在があったのです。

 

イエシュアが来られる以前から、永遠の中イエシュアは存在しています。父と子は一体である。神はどの名で呼ぼうとも、1体、エハッド

の神であるという理解をしていないからです。

聖霊を強調したり、イエシュアだけを強調する語り方なのです。

 

神の大家族には住う家がある。そしてその家はイエシュアが統治される。地上の大祭司は、天の大祭司を司り担う代行者、レビ族のアロンの家系の男子でした。

神との仲介は、人間ではありません。地上で代行を任されたレビ族は

目に見えない天の神の家、その家でどう生きるのか?を表す、教える

役割を与えられた人たちなのです。

 

旧約聖書は、古い教え、生贄で罪許されイエシュアが来られるまでの

仮の教えという、聖書とは異なる偽の教えの方を全部捨てないと

聖書に記された事実は、見えてきません。

 

見えない世界、天に実在する領域、神の家、それを地上でそっくり

その通りに作らせて、目に見える形で教えたものが神の家であり、

その中で行われた様々な儀式なのです。これらは、全てイエシュアがされた業を表し、新しくされた人を教え、新しくされた人の事実から、神の前に出て、神との関係関わり、対話をすることを教えているものなのです。

そして、神との関係、そして自分自身の修復、癒し、そして人との関係の修復を、実体験を通して教えているものです。

 

そして、神の宮、聖別された人は、どのような状態でなければ、

神の家の中に入れないのかを、教えているのです。

当然、汚れた動物を祭壇には捧げられません。

それらは、イエシュアを通して新しくされた人を表すものであり

きよくない動物は、新しくされた人を表せないからです。

初子、しみ、傷、欠陥がない、神が聖別された人が食せる動物それが

祭壇に捧げられるのです。

きよくない動物は、神の宮である人の体内にも取り入れてはならないものなのです。その生態も、清掃動物であり、人が食する為に造られた動物ではないのです。

神の言われることを、理解できなくても、その通りに受け取り生きる人。神の言われることに物申し、人間の理屈、都合で神の教えを変えて生きる人、それを不法=アノモス=トラーを捨てて、働くものと

書いてあるのです。