聖書は世界に正しく伝わっていない | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

1950〜から2000年代、最近迄、日本では、アメリカの

クリスチャン教会やその教え、ムーブメントを見上げていたと

思います。

アメリカには多くの神学校があり、そこに留学することが、

聖書を学ぶメッカであるという感じだったと思います。

アメリカの神学校は、パウロが学んだトラーを学ぶ学校とは

違います。

異邦人の神学校は、西洋人が作った宗教とその神学を教え、聖書=

オリジナルを教える場所ではないからです。

 

事実、アメリカの神学校を出ても、どれ程の教師が、パウロのように

ヘブライ語とギリシャ語に精通し、契約に根付く生き方を人に教え、オリジナルの言語に記された聖書を人に教えるように熟練した

教師になったのでしょうか?

 

トラーの教師を目指すとは、ヘブライ語、オリジナルの神の言葉

聖書に記された神が伝える本当の生き方を教える人のことが、

聖書には書かれているのです。

 

1テモテ1:17 トラーの教師たることを志していながら、

自分の言っていることも主張していることも、わからないでいる。
 
パウロが言っているのは、トラー、クリスチャンが言うところの
廃れた教えとされた1つしかない神の教え=トラー=モーセの五書に
記された神の言葉、教えを教える教師のことなのです。
聖書の事実に照らし合わせると、聖書とは違う聖書解説が、
これほど蔓延、浸透しているので、事実を知ろうとしない場合には、何が書いてあるのか、読み取れないままになります。

 

トラー教師、パウロのようにトラーを教えられる教師は、

皆無だったのです。その代わりに、どんな教師がいましたか?

西洋教父、教皇、司教です。

西洋人ローマ帝国が作った宗教の教えが伝授され、その教えの実践と記念日を祝うことを、異邦人は教えられてしまったのです。

それらは、神の教え=純粋な神の言葉、教え、神が祝うように命じたモアデイムではないのです。

そして、昇天以降は、人がなんでも自由に選ぶと教える。生き方も、

衣食住のライフスタイルも、記念日もいつでもなんでも自由!

人間が選べる時代!と教えられてしまったのです。

 

ある部分は聖書の教えですが、聖書に登場する人、聖書に書かれた

ような契約に根付く生き方とは、違う生き方、宗教の教え、

生活スタイルを教えられてしまったのです。

元が異邦人であり、見聞きして来た教えが、4世紀のローマが神の

言葉を捨てさせ、作り変えた宗教の教え!と言っても、全く通じないのです。全く通じないほど、オリジナル聖書とは違う教えを教えられていることは、世界中から集まる人の話や生き方を聞いていれば、

クリアーに見えます。

残念ながら異邦人の世界に浸透したのは、オリジナルの神の言葉

教えではない、人の思想を混ぜた宗教とその神学、それらを通して

翻訳聖書から聖書解説をする教えのみが、今迄浸透してしまったことは、誰も否定などできない事実なのです。

聖書が、人の思想を通して歪められて解説されてしまったのです。

 

私は、長い間、異文化の中、様々な外国人と住まう生活をしています。その暮らしは、異国の地に住み、様々な外国人が住まう環境の中で常に暮らす、英語ではエクスパットと言います。

自国を離れて海外で生活・勤務する人です。

海外駐在員、駐在員家族、海外在住者、国外居住者という人達がいるのです。

どこの国のクリスチャンでも、それぞれが西洋宗教の教えだけを教えられて、それが、聖書と信じています。

多かれ少なかれ違いはあれど、結局、聖書に登場する人たちが聞いていた、オリジナルの神の教え、神の言葉、イエシュア=神が伝える契約に根付く生き方を教えられている人はいないし、生きてもいないのです。

しかも、全てが翻訳聖書を、西洋宗教神学で解説する聖書解説のみ!

これはどの国の人も同じです。

 

イエシュアの完了の業で、贖い、救われ、神の元に戻った事実は、

それを受け取った人には、皆誰でも実体験し、知っています。

しかし、その後に教えられるお教え、聖書解説は、神の教えが廃れた!というそれの偽の教えを土台とした、人間が作った宗教、

神学を通しての聖書解説ばかりなのです。

そして、それぞれが教えられている、様々な教え、現象を求める事は

無数にあります。

私には、アメリカの家族がいます。そしてヨーロッパにも大勢親戚、

家族がいます。

ヨーロッパは、カトリックで、アメリカはプロテスタントを信じる

家族です。

アメリカの家族も、周りにいる人達もクリスチャンです。

幸いアメリカの家族も、ヨーロッパの家族も、私達のライフスタイルを批判したりしないで尊重してくれています。

私達が、イスラエルのトラー教師とそしてイスラエルに行くことを

始めてから、生活や、実践が変わったことを知っています。

難しいのは、このブログで書いているようなことを、直には話せない

ことです。聞かれたら、答えるという感じです。

 

面白いのは、日本の家族の中に信仰は持たないけど、内角に直球を

投げるような、的を得た質問をする義弟がいます。

弟の方が、信じていないのに、正しく聖書を眺めています。

「変わらないと神が言うのに、クリスチャンはどうして、聖書とは

違うことを、言って、やってるの?そんなコロコロ変わる神を、

クリスチャンは本気で信じているのか?」と。その通りです。

 

先入観=別の教えを刷り込まれていない人には、聖書に書いてある

通りが読めるのです。書いてあること、そのまま読めば、神は変わらない、神の教えは変わらない、神のモアデイムも永遠に変わらない、

神の贖いの方法も変わらない!と書いてあるからです。

聖書とは違う思想を、信じた最初から刷り込まれてしまうから、

聖書に書いてあることが、その通りの読み取れない、新約聖書は

別の教えが書いてあると、書いてもないことを、皆が集団で本気で

信じることができる。これ、本当に集団洗脳、集団催眠そのもの、

進化論を信じているのと全く同じことを、させられているのに、

気が付かない。

 

目の前で誰かが「神の言葉と性質の進化論」仮説をとうとうと話しているのに、それは真実ではないという事が出来ないもどかしさがありますが、知恵は必要なのです。

大多数には、勝てない。少数派は黙らせられているのです。

それ、間違った聖書解説、その言葉の意味はそんな意味ではない!と知っていても、言わない事です。

相手が、とうとうと説教しているのに、目下のものが物申すことを

したら、ドン引きされますし、下手したら、議論で関係が壊れます。

時が来て機会が与えられたら、話せるという事だと思いますが、

タイミングを見て、様子を見る事。語る時は、アバが指示、教えてくださるからです。黙る時は、黙っていた方が良いのです。

 

暮らしの中で一番は、食べ物が顕著です。見て分かるから。

そして、シャバットを祝う、異物でしょう!イエシュアがシャバットを祝い、人の子がシャバットの主と言われているのに、その意味は

クリスチャンには、全く正しく通じなくなっているのです。

不思議、疑問に思わないとならないのです。

 

長い間浸透した、ジーザスが来られて、全て成就したから、

今はポーク、ベーコン、鱗の無い魚でも、なんでも食べて良いのだと信じている人に聖書に書いてある言葉、意味を正しく解釈していないなどと言っても通じないし、議論になり、険悪になってしまうなら、何も言わない方が賢いのです。

一方、他の子供達は、食規定ではなく、元々肉は食べない〜動物

保護のため?のような思想を持つ者もいますから、それらの人に

食べられる動物を神が作ったなどと、タイミング悪く言わない事です。

読者が、何を読むのか選択できるブログには、事実を書きますが、

聞く準備が無い人に、説教の如く話すような事などは絶対にしません。

聞きたくない人に、無理やり何かを教える、あれと同じ。

押し売りみたいに、家庭に訪問伝道する。

今朝も、実家の近所の道端で、モルモン教の若い二人の男性が歩いているのを見ました。伝道活動。

 

事実、はっきり言うと、クリスチャンに対しての方が、聖書に記された真実を話しにくいです。聖書とは違う教えを、これほどまで長年

浸透させて来た結果、植え付けられた固定概念と、先入観があるからです。律法〜古い〜悪い!神の教えは1つしかないという事実を

クリスチャンは聖書を読んでも知らない、気がついていない。

しかも、それを紐解くのは、聖書に書いてある事を1つ1つ解説すること以外ない、詰まりあれと同じ感じです。

ジグゾーパズルのピースを正しくはめ直す作業。

キルト制作のように、小さい布のピースをはめて行く地道な作業、

正しい理解の点と点を繋げ直すという、聖書を正しく学び読み直し

偽情報を捨てていくという作業をしない限り、結局聖書ではない、

聖書解説をし続けて行き、偽情報の基づいて、神の声の中、

声の下で神の言われることを聞くという事をしないままになります。

 

「つまみ食い信仰」とは、ぴったりな表現です。

詰まり、神の言葉、教えではなく、神の教えを廃れた!と自由自在に仕分けている人間〜自分が中心で、自分が信じることだけ取り入れる勝手な生き方。神の言われることを、無視する生き方OKという思想。

それは、神の古い教えは廃れて、今は人間主体、人間至上主義という

ローマ帝国独裁者が、神の教え、トラーは異物だから、それら特徴的な教え、記念日全て排除!という思想を土台に作った宗教なのです。

 

そして後の神の教えは廃れた、成就したから関係ないという、

神の教えではないことを、聖書であると本気で信じる信仰です。

 

既に神の教えは廃れて新約聖書には違う事が書いてあると

固く信じているのですから、何を言っても、聞く耳がない人に、例え

真実を話しても通じないので、その会話は完全に無駄になります。

 

日曜礼拝やイースター、クリスマスを誰が作ったのか?

神の教え、トラーが廃れたと誰が言い出したのか?

それらは、イスラエルの神から出たのではないことを知らない人、

ローマ帝国がやらかした、大罪、ダニエル7:25に預言された、

こと、神のトラーと神のモアデイムを変える神に反する者の仕業で

あるのに、神の言葉、性質、業の進化論説を信じる人に、

進化論者に、創造の事実を話すのと全く同じ事実なるのです。

真実に基づき考えないのは、真実を知る事に興味がないからです。

いや世界に浸透した教えが、純粋な神の言葉、聖書ではないと

知らないからです。

聖霊が内側に住まうから、聖霊に教えられているから、聖書を

正しく理解していると、思い込むからです。

しばらくアメリカの家族と過ごす時間が与えられたので、

聖霊〜神の言葉〜イエシュアに聞きながら、一番大事な事を大事にして過ごしたいと思います。

 

アムステルダムから。飛行機に乗る時にいつも思うのは、皆何かの

用事があって、それぞれがそれぞれの場所に行くのだなと。

飛行中、大地が飛行機の下でクルクル回っている様子を一度も見た

ことがありません。建物が傾いて見えることもない。

地動説も、所詮仮説でしょう。

 

 

 

コロンビア渓谷

 

 

 

 

 

 

青空がイスラエルの空と同じ