聖書の記され方を知る | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ヘブライ語で記された聖書、ギリシャ語でも同様に、記述、表現

方法に性質があります。

同じテーマ、内容が、鏡が向き合うように、互いの内容を映し出し

それが、あらゆる場所に記されている、そのような書き方がされているのです。

パウロの手紙でも、それは顕著です。

同じヘブライ人で、ヘブライのトラーを解説しているからです。

 

このようなことは、その言語の特徴、文章の記され方を学び、

知れば、何が強調されているのか、見ることが出来ます。

 

聖書は、キアスムという記され方がされています。

「キアスム」とは、言葉の順番を「A-B」から「B-A」へと入れ替えて繰り返すレトリック(修辞法)のことです。

日本語では「交差配列法」と呼ばれます。

 

文章がX(ギリシャ文字の「カイ」)の形に交差するように見えるため、この名がつきました。

 

1. 具体的な例

有名な格言によく使われています。

  • 「生きるために食べるのであって、食べるために生きるのではない。」 (生きる:A、食べる:B / 食べる:B、生きる:A)

  • 「平和は平穏の中にあるのではなく、平穏が平和の中にあるのだ。」

2. なぜそのような語法を使うのか?

ただ繰り返すよりも、以下のような効果があります。

  • 印象に残る: リズムが生まれ、言葉が耳に残りやすくなります。

  • 対比を強調する: 二つの概念の結びつきや逆転を鮮やかに示せます。

  • 知的な響き: 説得力が増し、哲学的なニュアンスを与えることができます。

3. 簡単な覚え方

「鏡合わせの文章」と考えると分かりやすいです。 前半で言ったことを、後半でひっくり返して映し出すテクニック、

それがキアスムです。これは、言葉が全く同じではなくても、同じ

意味がずっと語られ続ける事です。

 

さて、これがヘブライ語聖書の中には、たくさん散りばめられている構造なのです。詩篇や、イザヤ書その他も同じです。

このことだけでも、神の声が、宗教が語る声とは違うことが見えます。

たくさんのことが解説されている中で、焦点があるのです。

その焦点を説明、伝える為に色々と書かれているのが分かります。

その解説の途中だけを捉えたら、神の伝えるメッセージを誤解して

しまいます。

その代表は、西洋宗教は、人は元々悪い、性悪説を唱えます。

西洋宗教が強調する点は、「あなたは罪人」そして、人間が神の言葉を破ったこと〜知識の木から食べた、悪いやつだ!という点が、

多大に強調されますが、神のメッセージ、呼びかけ、教えの中心は

全く逆です。

神ご自身により、神の似姿に創造された人の「回復、修復」です。

これが、神の教え、福音の中心なのです。

シンプル!神が創造された通り、神の似姿に創造された人の性質

生き方に戻る!何も難しいことなどではない。複雑にしているのは

人間が編み出した教えと、人間が作った宗教の教えに仕える生き方を教えられてしまうから、神が何を言われているのか、分からなくなる。それは、神の言葉、聖書が正しく教えられていないからです。

 

神が伝える本来の自由〜勝手な生き方をするのではなく、神の性質

通りを、罪に支配されず神の教えた通りに生きる。

これが神の伝える本当の自由であり、宗教が伝える自由とは、

自由の意味を完全に履き違えている、偽の教えです。

神の教えから自由に解放されるという教えは、完全に紛い物、偽物、人を罪に導く完全に危険な思想なのです。

人が神の教えから離れる、神の教えとは違うことを勝手に生きる

やる、これこそが神が警告している偽物=偶像礼拝の正体だからです。

結論から解説しますが、神が人に伝えている問題は、人が罪を犯したことの責め、強調ではありません。

神は、罪〜ズレが何から来たのか!それは、はっきり明確に伝えています。それは、人が同じことを繰り返して破壊されないためです。

 

エデン=喜びの園、神ご自身の中に人は住まうように、神の中に

人の住まう場所〜園が永遠の中に設けられたと書いてあります。

神が、強調しているのは、本来の姿から離れた状態「神から隠れる」

という事を強調しているのです。

そして、人がした事、知識の木から食べたことへの修復ではなく、

神が修復されるのは、食べた結果、本来の性質ではないことを、

学んだ、知ってしまった事の修復なのです。

恥、恐れ、そして、神から隠れてしまった状態の回復です。

この外れた、神の内側の外側に飛び出してしまった事、別物を見て

学習してしまったことから、神のもと、神の中、元の場所に

どう戻るのか?それを、人に伝えている、それが神のメッセージの

中心なのです。

本来の姿、関係、神との関係が破壊されてしまった事なのです。

隔たり、別離、隙間、超えら得ない壁、人の努力や行いではこれを

修復することは、不可能なのです。

子供でも分かる、シンプル、簡単、明確な事実。

人が神の言われた事を無視した事!神の言葉=声とは違う声、蛇の声に聞き入った事。これが、大きな問題です。

宗教の教えは、これを繰り返しやらせているのです。

 

神の声、言葉、教えは、回復、修復です。

それは、何からの回復、修復ですか?

「神から隠れる」ということです。神との関係に出来てしまった、

超えられない溝、隔たり、別離、解離、神の外側の中に閉じ込められた事、そこからの回復、修復が実は神が人に強調している点です。

隠れる〜これは、隔たりであり、元の性質ではない状態に飛び出してしまった事です。これが、問題なのです。

その回復は、イエシュア、子羊、永遠の中に、この世の礎が創造される以前に既に屠られて完了している神の修復の業の事実が、最初から教えられているのです。2000年前に突然地上にイエシュアが来られて実現した、贖い、救いではないのです。

エデンの園からどの時代の、どの人種でも神ご自身の方から、

エデンの園から流れる川、生ける水、イエシュアが世界の四隅に

失われた人を探し求めて、来て下さったのです。

一人一人同じです。神との出会い方は違えど、同じ神=イエシュアが来られたのです。

聖書が文字で記される前から、同じです。同じ神の教えを口頭で

伝えら、それが伝達されて来たのです。残りの民を通して。

 

エデンの園で、アダムとハヴァが神に言われた事を退けて、蛇の声の方を信じて、それを選択し、実行した後、何が起きましたか?

裸であることを知って、恥た。神から隠れたという状態が起きました。何で隠れたのか?小さい子供が悪い事をやって隠れるのと同じ。

今迄にない性質が、人の中に侵入してしまったからでしょう。

隠れる、恐れることが入り込んだのです。恐い!神が恐い!

これ、怒りの神と言い続ける西洋宗教の思考回路と同じです。恐い神。こんな意識で神と関わるのは、異常なのです。

 

神を恐れると書いてあるのは、神に対しての恐怖心を抱くと言う意味ではありません。それとは違います。

恐るとは、神が神であり、畏敬の念を抱いて、神を信じると言う事だからです。恐い神だから、恐ると言うのとは違います。

今は、神を人間以下に軽く取り扱い、まるで召使か、魔法のランプから出てくる魔神、精霊のごとくの関わりをしている人もいるのです。

 

創世記の最初から、キアスムが使われています。

そのような書かれ方がしている時には、神が人に、そのメッセージの

中心に注目して!!!という強調をしている箇所です。

創世記2:8は、永遠の中〜東=ミケダム、神ご自身しか存在しない

創造の前、永遠の中に、神ご自身の中、園を設けたと書いてあります。これは永遠の時の中のことを話している箇所です。

 

一方創世記2:15では、神が創造された物理的世界、目に見えない世界と一体であり、目に見えない神の世界が目に見える形で創造された世界が書かれています。

そこには何が書いてありますか?

 

創世記 2:15 主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、

これを耕させ、これを守らせられた。

 

この二つの言葉、耕させ、לְעָבְדָ֖הּ ルアヴォダ、礼拝という訳されている言葉です。耕す、イコール、神の意図通り、神が伝えた通りを

生きること、それがアヴォダなのです。

何をしていても、神の前には礼拝、アヴォダなのです。

そして 守らせられた וּלְשָׁמְרָֽהּ׃ ヴラシャムラ 守る、ガードする

管理、治めるです。シュモウという語源で、シャマ〜聞くと同じ

文字なのです。

ここで、重要な言葉は、ラアヴォダです。

この言葉に注目して!と言う事を、神が言っているのです。

神に聞いて、神に聞いた通りを生きる!これが、ヘブライ語では

見えるのです。人は、神に聞いた通りを生きていない!

これが、人類の本当の問題の根なのです。それが偶像、人間が編み出した宗教、神の言葉、教えを人が勝手に曲げていること。

それは、宗教の教えだけを聞いている場合には、全く気が付かない、

詰まり、聖書ではない教えを、聖書教師とする人達に施され続けて、ミスリード、誤った聖書の理解、思想、生き方に導かれていることに、聖書に書いてあることを曲げて教えられる場合には、それが見えなくなるのです。

だから、神が言われた言葉に人が一切、一点一画も手を加えるな!

と警告されているでしょう。

でも、西洋宗教は、成就〜修了〜廃れた〜異邦人には関係ない教え!

恵の時代で、律法時代は去ったという、聖書とは10000%真逆な

思想を刷り込まれてしまったのです。これでは、神が何を教えているのか分からなくなり、4万3千という宗派に分裂するのは、当然の

ことなのです。

この、耕す、守ると言う事を、エデンの園、神の中に住まう事で

教えられました。神ご自身の中、神が創造された世界を、神の意図

通りに生きて、ガードする事が書かれています。

これと全く同じ言葉が、このエデンの園を飛び出した後に、書かれています。

創世記 3:23 そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、

人が造られたその土を耕させられた。

 

לַֽעֲבֹד֙ エデンの園から飛び出た後、園の外にある土を耕す事になった

事が書かれています。

内側と、外側。これがキアスムです。

 

A)神の内側にいた時と、外側に出た時のことが書かれています。

この2:8と、2:15を比べて行きます。

次の要素は何でしょうか?

神は、何と言われましたか?知識の木から食べてはならないと

言われました。

そして、食べた後どうなりましたか?

B)知識の木からだけは、食べてはならないと、エデンの園の中では

言われました。

そして、エデンの園から飛び出した後は、命の木からも食べられない

状態になったのです。

C)そして、次の要素は、何でしょうか?

エデンの中、神の中にいた時は、アダムは妻を「イシャ」として

知っていました。アダム、男は、イシュという言葉です。

同じ語根で、発音が同じなのが分かると思います。

彼らは、同じ要素出来ていて、一体だったからです。

①裸であり、②恥かしくない

そして、裸であったが、恥ずかしくなかったと書いてあります。

そして、禁じられた知識の木から食べた後、どうなりましたか?

別の目が開かれ、アダムは、妻をハヴァと呼び、裸であることを知り

恥を知ったと書いてあります。

そして、その結果、神が動物の皮で衣を造り、かれらを覆ったことが

書かれています。

①裸を覆われ、②恥を知った これがキアスムです。

 

D)罪に陥る前は、蛇と対話しています。

そして、罪に陥った後は、神と対話し、アダムはハヴァを責めます。

神の言葉、教えを曲げ、捨てた結果、今までになかった性質、体験が人の内側に入りこだことが分かります。

恥、裸を知る、相手をなじる、責める、責任転嫁する、神から隠れる

 

E)これが、神からのメッセージの中心となる部分です。

創世記3:10 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、

わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。

 

罪を犯したこと、それに伴う結末を神が強調しているのではなく、

恥、恐れが入った途端、神から離れた、神から隠れた!

これが神が伝える大きな点なのです。

今迄の神との関係、人と人、夫婦の関係に亀裂が入り、壊れた!

これが重要な点なのです。これは、神が創造されたデザインとは

全く違う状態になったこと、それが問題である!と教えているのです。

人がアダムとハヴァが犯した罪の修復をするのではないのです。

彼らが、知識の木から食べた!神があれほどNOと言ったのに、

神の言葉を曲げた声を聞いた!これ、宗教の教えの声と同じである

ことを忘れないでください。

神は、地上にイエシュアを送って、全ての構造を神が全部壊したと

考えているのは、全くのズレです。

エデンの園から同じ!神が伝える通りを、人が拒絶し、それぞれ

勝手な生き方をする、それは必ず破壊に向かう結末だからです。

 

神の修復は、本来の状態からズレたことを修復されたことです。

それは、永遠の中から用意され、完結済みなのです。

子羊の血の代価は、支払い済みなのです。

これを通して、人が神のもとに戻ることを、エデンの園からアダムと

ハヴァに神がされた通り、同じことを教え続けているのです。

 

ここに戻れ!というケラビム。命の木をガードしている。

それは、命の木=神の言葉=それが神ご自身であることを、

トラー、預言書、諸書全体で教えているのです。

神が伝えること、教え以外の別物を求めさせられていることに

気がついた方が良いです。神の言葉=神ご自身=聖霊だからです。

 

図にすると、こんな感じです。

神のメッセージの中核はEです。

鏡のように、2つ別の箇所が交差して、意味を対比、強調して

メッセージの中核、中心にたどり着き、理解する方法です。

 

 

 

A エデンの園 神の中に生きて神の創造の性質通りを耕す

   B  神に禁じられた知識の木から食べる

      C 妻をイシャと呼んだ 裸であることを知らない 

          D 蛇と対話し神の言葉を歪めた声に聞き入る

                E(結論 メッセージの中心)本来の自分 神との関係修復

           D  神とズレた罪の詳細を全て語り許された

       C 妻をハヴァと呼んだ 裸、恥を知る

    B エデンに住まい命の木から食べることができなくなった

A エデンの園から出てひたいに汗した糧を得る