聖霊が内側に住むなら聖霊=神の言葉が語る真実に気が付いて | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

トラー、モーセの五書には、神の言葉を理解する鍵が、ヘブライ語で

いくつも記されています。

遠い古代、そしてヘブライ語、違う言語、文化に生きていた人へ

語られた神の言葉なのです。

 

1つ1つ、神が伝えている、聖書を理解する上での重要な要となる

言葉、「最も重要な基本要素」や「根幹をなす部分」がトラーに

記されているのです。

それらは、残りの聖書に記された事実を、解除、扉を開く鍵なのです。

特に、創世記の中にそれがあります。そして、同じ言葉、意味、概念をずっと繰り返し、繰り返し、トラー全体で語っているのです。

言葉だけではなく、創世記を読めば、同じ出来事、内容が並行して

ずっと記されている事に気がつけると思います。

創造の最初、そしてノアの洪水の後、同じように最初の創造を、

新しくされて繰り返された事が書かれています。

 

アブラハムの過ち、妻を妹と嘘を付いた事を、イサクもやっています。エサウを騙した、ヤコブも叔父ラバンに騙されます。

エデンの園の最初と同じ、嘘、「騙し」です。

 

問題は全部同じです。「騙し」です。蛇の騙し。

それはどこから来ましたか?「神の言葉を疑わせること!」

これをすると、どうなりますか?

神が伝えている真実が見えなくなってしまうのです。

これが、人間が作った偶像礼拝の正体、問題の元なのです。

神は、聖書のタイトル、「10の言葉」の冒頭で、神の顔の上に

別の顔を置いてはならない!これを、神以外他の神としてはならないと訳されていますが、文字通り、神の顔=実態の上に別の神の顔=

人間の編み出した教えを乗せてはならない!と言う意味です。

そのようなことをするから、神が伝えていることが、その通りには

伝わらなくなってしまっているのです。

神が伝えている、神の性質、永遠普遍、神の言葉も同様に永遠普遍

それなのに、それを覆す大嘘、騙し「神の言葉は十字架で処分

破棄された!」という嘘。イスラエルの神ではない別の神の顔です。

それ以前に、なぜ神=言葉=聖霊=イエシュアであると書いてある

意味が通じないのでしょうか?

神の言葉に敵対する、イコール、神ご自身に敵対することであること、

エデンの園の最初から書いてあるのに、どうして気がつけないのか?

それが、騙しなのです。

1)神の言葉を人が少しでも疑い、揺るがせにし、歪める

2)その結果、神ご自身の性質と、神の言われた言葉の絶対、永遠普遍

神が伝える通りには見えなくなった

3)神の性質通りに造られた自分の本当の姿、自己像が歪んで

分からなくなった。

4)自分の本当の姿、性質が分からなくなったら、自分の目の前に

いる相手の本当の性質、神の性質どおりに造られた人であることも

見えなくなり歪んだ。

5)その結果、本来神の性質どおりに造られた人が体験するようには

造られていないことを体験することになった。エデン、喜びが壊れ

要素、なじる、批判する、相手のせいにする、恥、疑い、悲しみ

破壊が初めて入り込み、そして、神と人、相手との間に超えることの出来ない隔たりができてしまった。

 

本来の人、ピッタリ一体、同じ要素から造られたエハッドであった

状態から、飛び出して、物理的に隣にいても隔たりが出来た。

今までにない状態が、入り込んだ。

 

問題は、1つで同じ。人が神の言われた通りを退け、神の性質どおりに造られた人がどう生きるのか無視!この木からだけは、食べては

ダメ!これは悪い冗談でも、大袈裟に言っているのでもなく、

本当に死ぬから死ぬ!と言ったのでしょう。結果その通りになった。

すぐには、死なないけど、確実に死にようになってしまった。

たかが食べる?されど、食べる。それを今もずっとやっているのです。神の言われたこと、却下!律法は廃れた!異邦人には関係ない

今は自分の考えでいつでもシャバット。なんでも祈ればきよくなる!

神の言われたことを、人間が軽々しく否定し、神がNOと言われることを今は廃れた律法、関係な〜い!と聖霊が内側に住む人が堂々と宣言して、やる!蛇は床に転げ回り、大笑いしている。

 

偽情報、嘘の教え、人間が作った宗教=神の言葉を歪めて、人間の

思想を混入させ続けている嘘の教えに騙されているということにさえ、気がつけないのは、神の言葉は、人間が勝手に仕分けて、

自由自在に都合の良い部分だけ取り出して食べれば良い!という

偽の教えを教えられているからでしょう。

神の言葉を、人の思想を通して解説すると、必ず神が伝える事実、

真実が歪みます。

真理を、偽物の教えのフィルターを通したら、偽物の教えの色に

汚染され、別の形になって歪んで現れ出るからです。

これをずっとやっているのがローマ教の教えを土台とした聖書解説と

その実践なのです。

そして、大問題は、聖書を正しく学ばない、教えられていない

聖書ではない教えをされて、人造宗教の実践をやらされているから

神が何を教えているのか、分からないと言うことになるのです。

神の教えではなく、人が編み出した宗教活動の実践を教えられてしまっているのです。そうすると、人の編み出した宗教活動の実践で

疲弊し、時間と金銭を搾取され欠乏し、栄養失調になり、健全な成長ができなくなってしまうことになるのです。

 

1)偽の教えでは、本当の自己像、自分が分からないままになる。

2)神が言われたことではない事、真理ではないことは、人を疲弊させてしまう。

3)宗教活動に邁進する、それが神を愛することと騙される。

それは、ある種他の活動と同じで、目的の為に活動することは、

有意義、意味があること、そして達成感があるのです。

これは、他のどのことに関しても同じです。やりがいのある仕事

任されて成果が上がれば、達成感、満足感あるでしょう。

でも、それらが、神の意図ではないことだったら、結局虚しい。

 

話しを元に戻すと、ヘブライ聖書、トラーの中には神の教えを知る

手がかりがたくさん散りばめられています。

英語や日本語、他の言語では、決して見てこない、分からないことが、オリジナル、ヘブライ語では、クリアーに見えます。

神の創造が伝えられている箇所を翻訳で読んでも、色々なことが

汲み出せない、しかも、永遠の「時」神のご自身中に造られた「園」

を語っている事なども、翻訳では見えないです。

誰か、翻訳からそれが分かりましたか?分からないのが普通です。

エデン〜歓喜、喜びと訳される言葉は、神ご自身が歓喜、

喜びそのもの性質だからです。

その実態は、1つ以上で全く1つ、エハッド。その状態の中にだけ、

神の性質どおりの、エデン〜喜び、歓喜の状態が存在することを

教えているのです。

それだけでも、西洋宗教、デイスペンセーション神学の語る、分裂、隔たり、ユダヤ人と異邦人は2種類別の群れ、2種類別の神の教え

契約、時代ごとに変化する神の性質、言葉、神の業、許しの方法が

変化する!と言う教えが、嘘!偽情報と、聖書の言葉、神の性質

神の言葉に照らし合わせただけで、判別、識別、判定出来るのです。

 

偽の教えを聞いている感じが、どんな感じか分かると思います。

クリスチャンが、35億から40億年前、世界はビッグバンで

この世界が自然発生し、アメーバ、微生物から出現し、それが

進化変化し、猿から変化して人間になったというのを、真実の如く

語られているのを聞いたら、「それは嘘だろ嘘!神の創造の事実を

知らない人が解説している!」と神が伝える創造の事実に照らし

合わせれば、そう考えるし、そのような解説を聞いていたら、違和感

マックスで、聞き捨てならない、聞くに耐えないことを言っていると思うでしょう。

それと同じなのです。神と神の言葉、業の進化論を、トラーを知る

ユダヤ人、その他の人が聞いたら、同じ反応をするのです。

だから、異邦人が語る西洋宗教が描くイエシュアが、聖書が、偽物!とユダヤ人は反応し、異端カルトの宗教、ユダヤ人を迫害をする

リーダーである教祖の教えは嘘だから、近づいたら危険!!!と

多くのユダヤ人が本当にそう考えていることを知ってください。

西洋宗教が編み出した、数々の聖書ではない思想のせいで、

神の言葉の方を人間がなし崩しにし、別物の教えと別物のイスラエルの神の記念日を勝手に作って祝っているせいで、ユダヤ人に正しい

イエシュアを伝えていないことをして、ユダヤ人にイエシュアが

タナックに記されたメシアであることを知る妨害をしている、

実はそれが大元となっているのです。大元凶。

 

聖霊が内側にいるから、聖霊が教えて下さると主張して、同時に

聖霊である神の言葉、聖書を、蔑ろにするような、大矛盾を平気で

主張し教えていますが、聖霊が内側にいながらなぜ、聖霊により書かれた神の言葉、神の言葉が永遠に変わらない、神の性質も永遠に変わらない!と書いてあることが、理解できないのか?

考えてみる必要があるのです。

聖霊が内側にいるから、なんでも教えてもらえると言う場合、

それは、神の言葉を正しく理解し、認識し、知っているという大前提がないとなりません。

聖霊が内側にいながら、どうしてこんな聖書ではない宗教の教えを

信じるのか?4万3千という宗派、思想分裂があるのか?

これ、聖書ではないことを、信じるから、そんなに多くの別の宗派が

あるのです。しかも、聖書=神の言葉は廃れた!と聖霊を否定する

本当に、再度考え直さないとならないのです。

聖霊は聖霊が書いた言葉を、どれひとつとして否定、破棄しません!

その絶対的前提である理解がない人が、聖書を読めば、自分の都合で勝手に神の言葉を歪め、拒絶、破棄、処分するのです。

結局、問題はいつもエデンの園の蛇の声の騙しに戻るのです。

「神は本当にそう言ったの?そう言う意味で言ったの?」と神の言葉を疑わせ、神の言葉を薄め、変え、捨てる!別物の教えに乗り換える

これをやっているのが人造宗教で言い訳の余地などないのです。

 

異邦人は、先祖代々元々異教徒です。神の教えを知らない、

契約に根付く生き方が何なのかも知らない!生きたこともない!

クリスチャンの家に生まれても、同じです。それは西洋宗教の実践を

教えられるから、イエシュアや聖書に登場する人たちのライフスタイルとは異なるものを教えられているからです。

先祖代々ユダヤ人のように、テモテのように母や祖母や家族に幼い頃からトラーを教えられ、それを生きて契約に根付く生き方を、誰一人として教えられてこなかったししてもいないのです。今も同じです。

クリスチャンは、神の教えではなく、ローマが作った宗教の教えを

翻訳聖書を通して、彼らの思想を通して聖書解説を施され、

宗教が教える教えを実践し、その宗教活動と、記念日を祝っているでしょう。聖書に書かれたことではないことが、分かりませんか?

それが、昇天以降の新しい教え!本物、生粋!と本当に信じているのです。なぜ?それは周りが皆そうやっているから、20世紀近くの

間、それを異邦人が皆やっているから、聖書と思い込んでいますが、それは聖書に書かれた契約に根付く生き方ではないのです。

それらは、イエシュアが到来したら、全部消える事を知っていますか?

未来は、全員が神のトラーを裏も表も知り尽くし、誰も主を知る

このようなことを説明されなくても、皆が神の教えた通りを生きる。

全員が、神のモアデイム、シャバット、新月、過越、仮庵を祝う!

西洋人が作った宗教の教えの実践、記念日はなくなる。

聖書を神の言葉と信じない、預言されている事実を寓話と教えられ

そう信じる人には、真実は永遠に通じませんが、神が伝える事実を

そのまま受け取る人には、神が何を語っているのかタイムレスの神の

真実の声が今日も神の言葉を通して、自分の頭脳、内側に響き渡ります。聖霊に語られたい!と言うなら、神の言葉=聖霊が語ることを

読めば良いのです。音声にして聞きたければ、音声で聞けば良いのです。未来預言です。下矢印

イザヤ66:22 「わたしが造ろうとする新しい天と、新しい地が

わたしの前にながくとどまるように、あなたの子孫と、あなたの名はながくとどまる」と主は言われる。
66:23 「新月ごとに、安息日ごとに、すべての人はわが前に来て
礼拝する」と主は言われる。

<西洋宗教は、神の言葉教えとは別のことを言い続けていますが、

主は言われる!!!これが何より重要であり、真実なのです。

他は所詮偽物の教え、人間の不真実な戯言に過ぎないからです。>

 

イザヤ 66:24 「彼らは出て、わたしにそむいた人々のしかばねを見る。そのうじは死なず、その火は消えることがない。彼らはすべての人に忌みきらわれる」。

ゼカリヤ14:16 エルサレムに攻めて来たもろもろの国びとの残った者は、皆年々上って来て、王なる万軍の主を拝み、仮庵の祭を守るようになる。
14:17 地の諸族のうち、王なる万軍の主を拝むために、

エルサレムに上らない者の上には、雨が降らない。

 14:18 エジプトの人々が、もし上ってこない時には、主が仮庵の祭を守るために、上ってこないすべての国びとを撃たれるその災が、彼らの上に臨む。

 14:19 これが、エジプトびとの受ける罰、およびすべて仮庵の祭を守るために上ってこない国びとの受ける罰である。

<仮庵の祭りは、一年を締めくくる最後の祭りで、盛大な祭りで

あり、未来預言を表している、イエシュアの再臨、王の王としての

統治、そして仮庵〜イエシュアの中に住んでこの地上を通り、

未来永遠にイエシュアが統治する場所、永遠の時代に住まうことを表す祭りだからです。だから、仮庵の祭りと書いてあるのです。

その意味は、レビ記23章にある神のモアデイム、アポイントメントの日を皆が祝うようになる!と言う意味です。

イエシュアが来られたら、人間が作った宗教の教えも、別物に変えられた儀式や印も、記念日も全て消えます!それらは、イスラエルの神

イエシュアに属するものではなく、人間ローマに属する偽物だからです。カトリックは、未来ジーザスがバチカンのバシリカに再臨するかもと教えて、そう信じている、こんな偽物の教えをどうして信じるのですか?聖書ではないことを、教皇も堂々と解説していますが、聖書を知らないということが、世界へ大々的にバレてしまっています。>

 

14:20 その日には、馬の鈴の上に「主に聖なる者」と、しるすので

ある。また主の宮のなべは、祭壇の前の鉢のように、聖なる物となる。

14:21 エルサレムおよびユダのすべてのなべは、万軍の主に対して

聖なる物となり、すべて犠牲をささげる者は来てこれを取り、

その中で犠牲の肉を煮ることができる。

その日には、万軍の主の宮に、もはや商人はいない。

 

<イエシュアが戻られたら偽物、偽の教えを売る商人は、全ていなくなる。聖餐式もなくなる!聖餐式ではなく、神の創造された本物の

祭り、過越の祭りの晩餐セーダーで祝う、イエシュアと共にワインを飲む、マッツアを食べる!そうイエシュアが預言されたでしょう。

再び戻られる時まで、地上で過越のワインを一緒には飲まない

その意味は、イエシュアが来られたら、過越を祝い、処刑される前の

過越の晩餐でしたことを、再び祝うようになる!という遺言だったのです。しかも神の家の祭壇でコルバンが再び捧げられ、宴会がされるようになる!>