ホル ハモエッド マッツア 出エジプトした後神と共に住まうことを教えられる | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

過越の祭りの初日には、神がエジプトからイスラエルと異邦人を

贖い出し、そして、神がどのように先祖を導きだしたのか?

それらを、過越の祭りの晩餐、セーダーという名が付けられた晩餐の

儀式を通して、皆で回想し、語り、思い出して神のされた業を

思い出すのが、過越の祭り初日の晩の祝い方です。

 

イエシュアがそれをされたことが、書かれています。

マタイ26:17-29 マルコ14:22-25 ルカ22:18-20

出エジプト6:6−7に記されている事実です。

エジプトで430年の間、偽の王、偽の神々の支配下に生きていた

奴隷だったのです。これは、全ての人に対して、漏れなく同じこと

が起きたのです。全ての人が、エデンから出て、神から切り離され、

偽物の神々、主人に繋がって、隔たりの場所に閉じ込められているからです。

過越の晩餐の中心は、神が贖い出されたことを思い出すものです。

そして、遠い昔、約3200−3500年前に、エジプトでこのことが

実際に起きました。

アヴラハム、イサク、ヤコブ、イスラエルと言う名を与えられた

ヤコブの息子12人、その家族の人数は、70人でした。

その家族が、エジプトに下って、430年長居をしたのです。

 

そして、エジプトは、元々彼らの住まう場所、永遠に住まう場所ではない、奴隷として生きる場所、仮住まいの場所でした。

主がそこから、イスラエルを贖い出したのですが、この事実は、

イエシュアを通して、父の元に戻った人、イスラエルの大家族に

加えられた人、全員に当てはまる事実なのです。

ユダヤ人も、先祖はエジプトにいましたが、実際に今生きている人は

そこに住んだ経験はないのです。

でも、個人個人が、エジプトに住まい、そこから贖い出された事と

して、考え、思い出して!というのが、過越の祭りの主旨、テーマ

教えなのです。

そして、イスラエルだけが、出エジプトしたのではありません。

エジプトで、同様に、この10の災いを体験した異邦人も、

イスラエルの神がいることが分かり、イスラエルの神がされる奇跡を見て、イスラエルが10の災いの中で守られたことを目の当たりにし、同じようにイスラエルの神を信じた異邦人がいるのです。

 

注意して、聖書を読んでみてください。

聖書は、イスラエルを代表にして書かれています。

失われたイスラエルの羊の元だけに、イエシュアが遣わされたと言われましたが、それは、神の契約を受け取った代表者=大家族の長男だからです。

何も知らない、弟、妹=異邦人の元に行っても、神の契約=教えなど

知らない、分からないからです。

聖書を読めば、ユダヤ人の中に、異邦人が共に住まい、同じように

神のトラー=契約を生きた残りの民が存在しているのです。

最初は、全て異邦人でしょう。ノアも、アヴラハムも異邦人です。

そして、ユダの息子の嫁のタマルもアラム人、異邦人です。

そして、ルツも異邦人です。

その異邦人ルツの血筋、子孫から、ユダ族メシアが生まれたのです。

イスラエルの神殿復興建設を助けたシラス王も異邦人です。

ユダヤ人、エステルが婚姻した人は誰ですか?

今のイランの国王です。以前は、ペルシャ帝国、アハシュエロス王に嫁いだのです。

その王が、ハマンのユダヤ人殲滅策略か、ユダヤ人を救出したのです。

イエシュアの言葉を思い出して下さい。

イエシュアは、何を命じましたか?

弟子達に、過越の祭りをし、過越の祭りの晩餐を祝うことを、

命じているでしょう。

父の教え、神が創造されたモアデイムを祝うこと、それはイエシュアの業の全てを表している、イエシュア自身である、預言的祭りだからです。

ローマ教=人間の教えを信じて、自分は異邦人だから、神の教えや

神の記念日は、ユダヤ人とは違い、自分には全く関係ありません!と言う、聖書とは全く関係のない、人間の教えを信じるなら、

その人には、神が何を教えているのか、自分の都合で選り分けて、

勝手な偏った歪んだ解釈で、神の教えの聞き方をしているので、

神に今言われている自分への言葉、教えであるとは、全く理解できない状態に留まります。

ある有名な牧師が、こう言っていました。

「私達は異邦人なので、古い律法は全く関係ないのです。

しかも、遠い古代の外国の祭りでしょう!それが何だか、現代の

私達は実際に知りませんよね。今は昇天以降の新しい教えの時代で

日曜礼拝、クリスマス、イースターを神様にお捧げしましょう。」

聖書を教えるはずの人が、聖書に書かれている神の教え、言葉の意味を、正しく理解していない、それが問題なのです。

上記の思想、発言が、人間が神の教えと、記念日を変えて、それが

本物!と考えている人の思想であり、聖書ではありません。

イエシュアは、全ての人に向けて、父の教え=モーセの五書=トラーを教えているのです。契約に根付く生き方を、ずっと教えているのです。

それを破ったイスラエルは、厳しい訓練を与えられてしまったことが

聖書に書かれているのです。契約を破る、神の教えを捨て、

シャバット、祭りを汚し、食してはならないきよくない動物を食して疫病を招いて死に、そして、異教の神々の教え=偽物の教え、人間が

作った教え、儀式、記念日を通して、イスラエルの神を同時に拝む。

このような行為を、神は人に許してなどいないのです。

真実に目覚める迄、忍耐しているだけ。

やがて、全ての偽物は終わり!と終止符が打たれる日が来るからです。

レビ記 23:1 主はまたモーセに言われた、

 23:2 「イスラエルの人々に言いなさい、『あなたがたが、

ふれ示して聖会とすべき主の定めの祭は次のとおりである。

これらはわたしの定めの祭である。

23:3 六日の間は仕事をしなければならない。第七日は全き休みの

安息日であり、聖会である。どのような仕事もしてはならない。これはあなたがたのすべてのすまいにおいて守るべき主の安息日である。

23:4 その時々に、あなたがたが、ふれ示すべき主の定めの祭なる聖会は次のとおりである。

<主の定めたモアデイム、聖会は、ローマ帝国が作った日曜礼拝、

クリスマス、イースターなど入っていません。聖書に戻る!というなら、何が神が聖別されて、神の子ら全てを呼び出している聖会か

聖書から知らないとなりません。人間の作った変えた別の日は、

神が呼び出している日ではない、ローマ帝国皇帝、教皇が呼び出している日です。>

 

23:5 正月の十四日の夕は主の過越の祭である。

23:6 またその月の十五日は主の種入れぬパンの祭である。

あなたがたは七日の間は種入れぬパンを食べなければならない。

23:7 その初めの日に聖会を開かなければならない。

どんな労働もしてはならない。

23:8 あなたがたは七日の間、主に火祭をささげなければならない。第七日には、また聖会を開き、どのような労働もしてはならない』」。

 

マタイ 26:17 さて、除酵祭の第一日に、弟子たちはイエスのもとにきて言った、「過越の食事をなさるために、わたしたちはどこに用意をしたらよいでしょうか」。

26:18 イエスは言われた、「市内にはいり、かねて話してある人の所に行って言いなさい、『先生が、わたしの時が近づいた、あなたの家で弟子たちと一緒に過越を守ろうと、言っておられます』」。

26:19 弟子たちはイエスが命じられたとおりにして、過越の用意をした。

26:20 夕方になって、イエスは十二弟子と一緒に食事の席につかれた。

父の言われた通りを、子=イエシュアが教える。

代々永遠に祝われる「わたしの祭り」と言っているのに、書いてあるのに、神の教えを捨てる人には、神の言葉など、その通りに通じず、何も意味ももたないものになっているのです。

人が作り変えた代替え、金の子牛で、神の祭りを祝っているのです。

イスラエルがやった通りの罪を、異邦人も同じように繰り返しているのです。

イエシュアは、弟子達に 過越の晩餐のセーダーをやることを 

命じたのです。

子羊の血の贖い、子羊の血が塗られて、その家の初子が守られ 

子羊の血で覆われていない家=エジプト人の初子は、全て撃たれたの

です。

これは、偽物の血統が断たれることを意味しているのです。

そして、イエシュアの贖いで新しくされた人の初子は、命を次世代へ

代々受け継ぐことを、与えられたのです。

 

新しいID が与えられて、もうエジプトの奴隷ではない、創造主

本物の神、本物の主に属する人になったことを、過越の祭りで

する儀式、マッツア、種無しパンを食べる7日間の強化週間で

教えているのです。

 

申命記16:3 種を入れたパンをそれと共に食べてはならない。

七日のあいだ、種入れぬパンすなわち悩みのパンを、それと共に

食べなければならない。あなたがエジプトの国から出るとき、

急いで出たからである。こうして世に生きながらえる日の間、

エジプトの国から出てきた日を常に覚えなければならない。

 

マッツアは、パン種がない、要らないものが削ぎ落とされたもの

詰まり、罪が削ぎ落とされた人とされたことを、教えているものです。実際にそれを7日間食べるのです。

7日間は、パン種を食べないという、不思議な仰せですが、

やってみれば分かります。

過越が来る前に、パン種除去掃除をするのです。

クッキー、クラッカー、イースト菌などパン種を処分するのです。

でも、必ず、どこかからか、後でパン種が出てきます。

完全除去したと思った後、今年も私は、クラッカー、パンケーキミックス、パン粉の残り、イースト菌が入ったものを発見し、処分しました。

パン種は、過越では罪を表しています。自分の性質にそぐわないこと、それをこの週、いやと言うほど発見させられます。

それは、特に人間関係を通して、分かることなのです。

自分ではないものは、捨てる、処分する。

 

7日間は、パン種が入るものは、食べない。神がそう命じているからやるのです。

エジプトという国で表されているものは、苦役です。

偽の主人、偽の神々、偽の人生目標、偽の自己像です。

本物の神に繋がれない状態です。

エジプトでの苦役、労働を、苦菜で表しています。

これは、ホースラデイッシュ、わさびのような感じのものですが

それを、マッツアに乗せて食べます。

ハロセットは、りんごで作りますが、レンガを繋げるモルタルを

表しています。苦役の中に、偽の喜び、楽しみ、偽の人生目標があることを教えているものです。

過越ししたその後は、出エジプトしたことだけに、集中していないのです。

贖い出されて、神の人とされた後、どう生きるのか?ということを、神が教えているのです。

クリスチャンの強調する教えは、救われると言うことだけが中心、

これが中心で、人にもそう教えています。

それは、赤ちゃんが誕生した!でもその後の成長には、どうするの?

と言う部分、神の教え=契約に根付いて生きることを教えることが

抜けているのです。なぜ?神の教えを捨てている、神の教えが廃れた

神の教えは、異邦人には関係ない!と言う、神の教えではない教えを

最初から教えられているでしょう。

 

新しくされた人は、もれなく全ての人が、血筋に関係なく、神の家に属する人になったのです。

偽の主人の奴隷の鎖を、神が支払った代価を通して、その鎖が、

切り取られ、神に贖い出され、神の元に戻り、神に娶られ、神の

聖なる民、家族の一員にされた人は、今迄知らなかった神の家の

家訓、生き方、契約に根付いた生き方を、1から神に教えられるのです。

人間が勝手に考えついた教えや、神の教えを人間が仕分けるという

その思想は、反ユダヤ、反モーセの五書思想を持ったローマ帝国の

思想であることを、はっきり知ってください。

だから、神の言葉=律法は廃れた!などと言い続けているのです。

 

神だけが、人がど言う生きるのか?と言うそれを教えられるのです。それは、神の言葉を通して、人は知るのです。

自分で、自分を購い出し、自分で自分を救い出したのではないからです。

4月1日の水曜日、これはシャバットとして祭りが始まりましたが、その間の7日の中を、今過ごしているのです。

 

実際にエジプトを出た事実を考えて下さい。

神により贖い出された人は、神と共にどう生きるのか?ということを

教えられるために、どこに連れ出されてましたか?

荒野です。荒野は、ミッドヴァと言うヘブライ語の名があり、

その場所は、特殊な場所なのです。

言葉を、ヘブライ語で、ダヴァルと言います。

ミッドヴァは、神の声を聞く、訓練を受ける場所に連れ出されたのです。

体は、エジプトから出た。しかし頭脳、考え、思考回路、思考パターン、行動は、エジプトの奴隷で学んだままなのです。

荒野は、不思議な場所です。何キロメートル先に歩く、ラクダの足音も聞こえるのです。本当に不思議な場所です。

遠く離れた人の声も聞こえるのです。

遠くの丘の上と丘の上に立って、会話ができる場所です。

そして、一見、何も無い場所なのです。雨が降らない時期には、

もちろん、植物1つ生えないのですが、一旦水、雨が降るとそこから

植物の芽が芽生えて来ます。命が、荒野に眠っているのです。

そして、荒野の中に湧水、オアシス、滝まであるのです。

イスラエルは今の時期から、秋の仮庵まで、雨が降らない時期に入ります。夏は、40−50度にもなる荒野で、鹿が谷川の水を求めて

降りてくるという描写がよく分かります。

それは、生ける水〜イエシュア〜神の言葉を人がそのように求める

命の源はそこにあることを教えているものだからです。

 

このミッドヴァは、イスラエルを訓練するに最も最適な神のプラン

した場所だったのです。