神の契約は唯一無に 再更新され続ける神の大家族への家訓だけ | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

ユダヤ人に対する歴史の中で起きた迫害の続きです。

 

ロシア及び東欧では、国家が黙認または支援した暴力的な暴動であるポグロムが、ユダヤ人共同体を標的にしたのです。

ホロコースト(1933~1945年)は、誰もが知るものです。

それが起きている当時は、世界に知られませんでしたが、

終戦後その事実が初めて明らかになるのです。

 

このホロコーストでヒットラーが執行した全てを、ルターが彼の書物に書き記していたのです。

ルターの思想、書物に書かれたユダヤ人に対してどのように迫害するのかの全てが、ヒットラーの教科書となったのです。

 

詰まり、ルターが「ユダヤ人が殺戮されることは、神の御心」

であり、神の前に正義である!

ユダヤ人が滅びることが神のみ旨である。

どのように、ユダヤ人を迫害し、追い詰め、処刑するのか、

「ユダヤ人と嘘」にルターが記したのです。

ヒットラーは、「絶滅したユダヤ人という人種」という博物館まで

作る計画でいたのです。

 

それらルターの考え、思想を、ヒットラーが全て実際にユダヤ人に

対して執行したのがホロコーストなのです。

ルターは、ヒットラーの教師であり、ホロコーストの手引きをしたのです。

聖霊が内側に住んでいても、その聖霊=神の言葉を否定する思想を

信じて、生きる人は、結局聖霊=神=イエシュアに反することが

できてしまうのです。

聖霊が内側に住むから、聖書読まなくても、どう生きて良いのか

分かると主張する人がいますが、何を言っているのか、無知な

発言をしているのです。

聖霊が内側に住むから、受験勉強しなくてもテスト100%の答えが

分かると言うのですか?思考回路がおかしいのです。

 

人は、何かを本当であると信じると、その通りにしてしまうのです。

多くの主にあるクリスチャンは腹に書かれたトラーに沿って

ユダヤ人を助け、自ら犠牲になりました。

同時に、ナチスに働いていた多くの人々は、日曜礼拝で主を讃美し

ながら、同時に普段の日は、ユダヤ人を迫害、殺害していたのです。

その認知的不協和を解消するために、ユダヤ人、イコール、死滅するのか神のみ旨と言い続けたのです。

人は嘘を信じたら、どのようにもズレることができるのです。

神の言葉を捨てることは、それそのものなのです。

それが、主の御心だ!と言われて、そう信じれば、罪は罪とも

感じなくなるからです。


ナチス・ドイツは国家主導の体系的な迫害を実施し、

1935年のニュルンベルク法によってユダヤ人から市民権と権利を

剥奪しました。

ルターが提案したように、彼らは、ユダヤ人の商売、店、家をことごとく破壊しました。

そして、ルターの提案通りにゲットーを作り、そこにユダヤ人を

隔離し、最後には強制収容所に送り、餓死、重労働させ、処刑したのです。これも、ルターの考えです。

こんな提案をする、主にある兄弟?人は間違ったことを神の教えだ

御心だと信じたら、神の言葉を捨てたら、罪が罪とも分からなくない

盲目に陥るのです。神が伝える言葉=教え=罪の定義を捨てる人は、罪が何が分からなくなるからです。

それは、神の教えを捨てているからです。


差別と強制的移住から始まった政策は大量殺戮へと発展し、最終的にナチスとその協力者によって600万人のユダヤ人が殺害されました。

迫害の原因は、ルターの中に救っていた罪、神の教えを捨て、
ユダヤ人を憎んだ「反ユダヤ主義」という罪です。
イエシュアがユダヤ人であるとクリスチャンは知らないのでしょうか?

「ユダヤ人はキリスト殺しである」という神学的非難に根ざし、

19世紀から20世紀にかけては人種主義的・疑似科学的思想へと

発展ました。

クリスチャンの中にも、特にカトリックでは、このユダヤ人はキリスト殺しというのを今も教えています。

聖書=神の教えを、知らないのでしょうか?

イエシュアは何のために処刑されたと聖書には書いてありますか?

永遠の中、この世の礎が創造される以前に、既に屠られた子羊の血贖いの代価が存在し、その事実を地上で、実際に人の罪を背負って処刑され、神が伝えた永遠の中に屠られた子羊の贖いが事実であることを

全世界に証明するために、処刑されたのではないのですか?

一人一人の罪の罪状を、罪ではない人が、罪になったと書いてあるでしょう。

 

カトリックの反ユダヤ思想、反トラー思想は深いものですが、

プロテスタントも結局同じです。

律法に戻るのか〜!これ、何を言っているのか、理解しない人が

神を愛すると言いながら、同時に神=イエシュア=聖霊を憎む発言を堂々としているのです。

神の教えを完全に勘違いしているからです。人の教えに騙されて、

神の言葉は古い悪いもので、廃れるべきであり、その悪い教えから

解放するために、イエシュアがこられたという大嘘を刷り込まれる場合、洗脳状態になり、神の言葉が正しく植らない悪い地=神の教え、言葉を正しく理解しない頭脳になっているからです。

人間の教えとは、本当に邪魔で、人が真実を知ることから完全に

遠ざける妨害をするものであり、エデンの園のあの動物の声と全く

同じことを、ずっと言い続けています。

神は本当にそう言ったの〜?と人をそそのかし、神の言葉を疑わせ、結局人間の作った偽物の教えを信じさせているのです。

 

スケープゴート化されたユダヤ人は、疫病や金融危機などの災厄の

責任を負わされることが多かったのです。

なんでもユダヤ人のせいにされてしまったのです。


20世紀には、『シオン賢者の議定書』のような捏造された危険な陰謀論が広まり、ユダヤ人が世界支配を企てていると主張されました。

この書は、ユダヤ人が書いたものではありません!

このように、暴力と制度的排除が繰り返されてきたにもかかわらず、ユダヤ人共同体は歴史を通じて自らの文化的・宗教的アイデンティティを維持し続けてきたのです。

 

偽情報を土台に偽物を信じる危険に、本当に気が付かないとなりません。

神の言葉に対して敵対心を持たされる反トラー思想と、ユダヤ人に

対しての迫害思想は一枚岩です。

 

イエシュアはユダヤ人です。イエシュア=言葉=トラーなのです。

神の言葉を一点一画でも否定する行為は、イエシュアを否定する行為そのものであることを、知らないとなりません。

そして、イエシュアが教えられたのは手本を見せて、人の生き方を

教えられたのは、トラーに根付いた生き方なのに、イエシュアを信じる人が、神の教えを捨てよ!とそして、ルターのように、ユダヤ人が滅びることは神の御旨だ!と言い続けているのです。

 

残りの民は、どの時代にも、神が確保しています。

そうでなければ、偽の教え、偽情報で、神の言葉を歪めて、塗り替えた教えしか、聞かされない状態が続くのです。

いや、続いて来たのです。みことばを聞けない暗黒時代とは、神の

言葉をその通りには正しく理解されず、解釈されないことなのです。

それが、宗教の教えが浸透した、代償なのです。

メシアにより、贖われ、救われ、許された!

その事実さえ、結局救われても罪人と言い続けて、神が伝える通り

神の目から見ている、神の業により新しくされた人を与えられた

事実に泥を塗る発言、教えばかりする人がいます。

でも、その人こそ、自分がイエシュアと共に復活し、新しくされた

という本当のアイデンテイテイを知らないまま、罪人の自己像を

宗教の教えに縛られたまま、偽物を生きてしまうのです。

自分が知らないことは、人にも教えられません。

本当の自分を知らない人が、他者に神が与えた本当のアイデンテイテイで生きることなど、教えることはできないからです。

 

ホロコーストの時、家族でユダヤ人を守ったコーリーテンブーンの

家族。この方の親族を知っていて、その方達と一緒に「隠れ家」に

行ったことがありました。

コーリーテンブーンが言った言葉が印象的です。

「空中軽挙でクリスチャンが災難から逃れるという教えは、現実逃避

思想であり、聖書ではない。そのような教えをする人を、偽教師と

言うのです。なぜなら、患難を通ることを、主にある人は避けられない、その中で主が守られるから。」と言われた彼女の言葉は、

イエシュアが言われた通りの真実なのです。

 

クリスチャンの間で解説されている聖書解説、神の言葉が終了した!

という偽情報の解説がどこから来ているのか、その大元を知らないとなりません。

パウロがもし、クリスチャンが教えられているように、モーセの五書

トラー、クリスチャンが古い教え、律法という不適切な誤訳で語る

神の言葉を、終了した別の教えをしているならば、パウロは完全に

偽教師、偽預言者で、神と人とに追放されるのです。

そして、パウロの手紙は聖書とはなりません。

 

クリスチャンの間で誤解されているのはこの点です。

 

1)異邦人とイスラエルは別の群れ

2)異邦人とイスラエルは違う教えを生きる

3)昇天以前と以降とは、神の性質、言葉、生き方、教えが

変わった。

4)契約が2つある。

5)昇天以降には新しい別物の契約が与えられた。

6)昇天以前は生贄を捧げて許され、ユダヤ人は律法を生きて義とされた。

パウロが語る議論、論点はこれであり、神の言葉が終了したと誤解する点は、これです。

7)割礼=改宗儀式 シャバット、新月、神の祭りは人が勝手に考えた日をやれば良い。食規定はユダヤ人だけへの教え。

今は神の言葉ではなく、聖霊により生きる?

律法時代、恵の時代。 律法時代、聖霊時代

意味不明な解説をしているのです。

 

大きな問題は、神の言葉=教え=契約は1つしか存在しない!という事実に盲目な点なのです。

聖書記者は、1000%すべての人は、モーセの五書=トラーだけを解説している、イエシュアもトラー=父の教えしかしていない!

という点に完全盲目なのが西洋宗教の教えであり、その教えを聞かされている思考回路なのです。

 

新しい契約とは、シナイ山の契約とは違う別の契約などではありません!神が提示した神の大家族=聖なる民、これはイエシュア=子羊の血の購いを受け取り家の鴨に血を塗った人もれなく、同じイスラエルという大家族になったのです。

鴨居に血を塗る行為、家〜命の住まう場所、神が言われる通りのことを受け取り実行した人、同じくイエシュア=子羊の血の購いを

信仰により受け取り信じたことが、この行動で現れているのです。

 

よ〜〜〜く聖書に照らし合わせて、クリスチャンの中で行われていることと比べても、理解できることなので、考えてみてください。

 

新しい契約とは、神の言葉、教えの中身が変わるのではなく、

人の内側が変えられている状態のことを話しているのです。

これは、今まだ完全版として現在起きていません。

それは、イエシュアが到来された時に起きるのでしょう。

 

エレミヤ31章にある、新しい契約をクリスチャンは、

シナイ山で与えられたトラー=婚姻契約とは別物の契約と

完全に早まった読み違えをしているのです。

よく読んでも見てください。何と書いてありますか?

 

先ず、シナイ山で正式に神が文字としてご自身が記された契約

これは、10の言葉が書かれた石の板ですが、この「10の言葉」

という題目を事細かに詳細として、モーセの五書に書き記し、

神の教えを解説しているものが、トラー=神の教えなのです。

この神が神ご自身で書かれて、正式に契約書として与えたもの以外

イスラエルの神が人に与えた契約はないという事実を、先ず聖書の

記述=神の言葉から理解しないとなりません。

空想で、考えていては、人の思想を通して、神の伝えることを曲げたら、その場合神が伝えている神の考え、真実はその人には伝わらないままになります。

 

この契約を受け取った代表はイスラエルです。

アヴラハムが全民族の父、代表となり、全民族に同じ神の契約、

トラーと祝福を伝える役割を与えられたとあるからです。

 

「新しい」という言葉の意味は、別物の新しいではなく、

再更新されるという言葉、ハダスです。

新月の新と同じ言葉、רֹאשׁ חֹדֶשׁ ローシュ ホデシュ〜新月です。

別物の月が毎月空に出るのではなく、同じ月〜光が現れ出るのです。

それと同じ意味です。

歴史の中で、同じシナイ山の契約は再更新され続けています。

歴史の中で、最後に再更新されたのが過越の祭りでイエシュアがされた同じ契約の再更新です。

続く