2度再臨がある秘密裏に天に消えるという聖書にない空想話はどこから来たのか? | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

クリスチャンの中で浸透した、確固たる座を得た、嘘の教え、

2度の再臨とは誰が言い出したのか、その出どころは、聖書ではない、神の言葉ではない、人間の教えの出どころを探る必要があります。

空中軽挙〜キリストの再臨が2度あると言うこの大嘘も、人間が編み出した思想、神の言葉ではない不純な教え、人間の発想、空想

ファンタジーストーリーそのものです。

1度目は、誰にも知られないままイエシュアが地上に来られて、

クリスチャンだけが、天に挙げられて地上から消えて、世界中が

混乱すると言う、人間が作った空想ファンタジーストーリー、

ダービー教の教えが20世紀、多くのクリスチャン、教師、牧師の間で爆発的に受け入れられたのです。

 

再臨が2度あるという思想は、ネルソン ダービーが最初の言い出しっぺではなく、それ以前に、再臨があると偽預言を続けた人々は何人も他にいたのです。

偽教師、偽預言者が出てくるとパウロが警告したでしょう。

偽教師〜神の教えを否定し、曲げ、聖書に書いてもないことを教える。偽預言〜これも神の言葉ではない、人間が勝手に考えたこと、

神の啓示であると発表し続けているのを、今も聞くでしょう。

 

聖書に書かれたことを正しく理解しない、学ばない人々、教師や牧師がその嘘の教えを聖書から識別せず、見抜けず、そのような教えに皆が惹かれていった理由があるのです。

そんな考えは、20世紀迄存在しなかったものなのです。

時代の混乱。

パウロの手紙を読んでも分かる通り、反キリストは最初からいるのです。時代の中で、それが繰り返し繰り返し現れ出ては、消えているのです。悪は結局、永遠に固く立ち、この地を支配することを許されていないから、悪の勢力、帝国は全て崩壊しているでしょう。

 

人は、現実から逃避したい。苦しみを逃れたい。肉の欲求にアピールする偽の教えをする教師は次から次へ出てくるのです。

一番の問題は、神の教えを否定する教え、終了とする教え、破棄されたという教え、そして人間の意見で神の教えを仕分けて良いと言う。

 

イエシュアはトラーの目標お手本であるのに、義とされたから

トラーを今後生きるのをやめましょうと言う。

これは、自分の力で義を獲得しようとするのをやめる。

神の前にズレた生き方をやめる。神が伝える通り、イエシュアの性質が取り戻された人は、イエシュアの似姿、性質通りのトラーに記された生き方をすると言い換えないとならないのです。

 

ズレた場所から、異教の神々に仕える意識で、神に自分の努力で

近づき、特別扱いされるために神に何かをし、罪悪感から宗教活動のノルマをこなし、そして、神の赦しを請い願う〜つまり、根底には

不安、神が怒っているかも、神に認めていないかもと異教の神に対するような意識でいること、これがズレていると言うことなのです。

 

クリスチャンが信じている、でもこれ人間の作り話、再臨が2度あると言う、聖書に書いてもないことが、どうしてこのように爆発的に

クリスチャンの間で受け入れられたのか、歴史の中で何が起きたのか

知る必要があるのです。

 

マタイ24:4 そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。

<騙されるなかれ!と警告しているでしょう。>

24:5 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと

言って、多くの人を惑わすであろう。

 

直接、自分がキリストであると言わなくても、キリストの如く〜

神の如く、神になり変わり、神の言葉を曲げて変えて人に伝えること

それ自体が、神の名=実態を歪めたことを人に伝え、惑わす人たちに対する警告をイエシュアがしているのです。これはパウロもずっと

偽の教え〜神の言葉ではない、神の教えに反する偽物の教えに対する警告をずっとしていました。

イエシュアは、弟子達に、この世に起こる患難、実際に1世紀当時もローマ帝国からの迫害で彼らは患難をずっと乗り越えさせれていったのです。イエシュアは、秘密の再臨などというような、ダービーが

語ったようなことは1度も話していません。

18世紀の間、イエシュアの再臨は、聖書に書いてある通り、ただの1度の出来事である、その聖書の事実だけが語られていました。

聖書がクリアーに解説している通り、イエシュアは力と栄光に満ちて

全ての人が目撃する中、この世界の戻られる事実を、皆が理解していました。

 

1テサロニケ 4:16 すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神の

ラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。

その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、

 

クリスチャンの世界で語られるような秘密裏にイエシュアが地上に

再臨され、イエシュアを信じる人が皆に知られず密かに消える?

そんなこと聖書のどこに書いてありますか?

 

死者が蘇り、地上にいる人は、主とともに1つになる!

でも、今クリスチャンの間で浸透している非聖書的教えは、秘密裏の

軽挙、そして、人が消えた後世界は混乱する!

この思想が、クリスチャンの間で、あたかも聖書の真実であるが如に

語られ続けているのです。どこからこの思想は来ましたか?

誰がこれを最初に言い出しましたか?

16世紀マルチンルターやウイクリフという当時のユニバーサル教の教え〜人間が編み出した数々の教理に反対して、その群れから脱出したことを、宗教改革と言われたものでクリスチャンも知っているものです。これは別のトピックなので、今は書きませんが、

聖書とは関係のない教えの数々95ヶ条の論題という問題点を突きつけて宗教改革の発端となりました。

でも、結局そのルターの宗教改革も、大元の真実〜神の言葉に完全に

戻ることには至らないまま、結局ユニバーサル教と同じ教えのパン種を共有し今日に至っているのです。

プロテスタントに対する同じ論題〜聖書とは異なる教理、記念日

実践に対して、今もしパウロがこの地上に来たら、それをするでしょう。ルターが突きつけたのは、教皇制度に関する疑問です。

そして、ユニバーサル教の教えと人間が神の座に座ることを、

ルターが反キリストとして、突きつけたことに対して、イエズス会の

司教、フランシスコ リベラが、この反キリストは未来に起こるもので今ではないという思想を述べて、カトリックの階級制度に対する批判を、ねじ伏せ、カトリックの階級制度に対する疑問から、人の意識を逸らす教えを考えだしました。遠い未来に意識をそらせる。

 

でも、よく考えたら分かります。反キリストは、最初、エデンの園の最初から存在し、そして人類歴史の霊的闘いの歴史の中にずっと存在しては崩れ、又出てきて支配し、崩れ、それをずっと続けているのです。未来が終わりの時代ではない。

終わりの時代は既に、イエシュアが到来したことでも分かる通り

聖書に書かれている通り、悪が支配し続けた終わりの時代になって

いるのです。

だから、パウロは1世紀当時も、その反キリストの教えや勢力

偽物の教えに対しての厳重警告を手紙に記しているではないですか。

 

20世紀、アイルランド人であり弁護士であったダービーが編み出した、デイスペンセーション神学。聖書とは異なる分断思想。

神の性質、教えが時代ごとに変化するという思想。

空中軽挙や秘密の再臨があるという偽物の教えがクリスチャンの間に爆発的に受け入れられ浸透しましたが、それ以前に偽預言者が同じ

ことを語った事件があることを知っていますか?

 

秘密裏の再臨を語った最初の人は、ウイリアム ミラー、もちろん

彼の語った再臨の日時は全て未遂、失敗、実現しないただの空想話〜

偽預言者の戯言と証明されました。

このような事はずっと歴史の中で起きていて、人々は偽教師、偽預

言者の予言や言葉を神の言葉と信じて、自分の家、家財道具を売って

屋根の上で、再臨を待つ。又は集団である場所に住み、再臨を待つ〜全部偽預言者、偽教師〜現実逃避を教える教師に偽の教えを教えられた人々です。

ミラーは、この世界の終わり、再臨が1843年にあると予言し、

再臨はありませんでした。そして、1844年に再び再臨があると予言して、これももちろん実現しませんでした。

これで、偽預言者として証明され、宗教界の表舞台から消えたのです。このミラーの偽預言を、弁護する解説があります。

彼らは、1844年10月22日に起こったことはミラーが考えていたようなイエスの再臨ではなく、イエスの最後の贖罪の働き、つまり再臨につながる天の聖所の浄化の始まりであると主張したとありますが、

これも聖書とは関係のない、空想、作り話、偽預言に対する言い訳にしか過ぎません。

このように、人間が勝手に偽の教え、偽預言をし、そして偽預言、

偽の教えに対してのこじつけの説明をしている、これこそが人間の

作った思想の宗教です。

 

このようなことを土台にして、後にN.ダービーがデイスペンセーション神学、2回の再臨と空中軽挙〜クリスチャンが突然地上から消えるという作り話に発展していったのです。

イエズス会の司教もそうですが、反キリストは遠い未来の最後に現れると、人を今、目の前に起きている偽の教えへの警戒を薄めることを

主張していました。

ダービーは、プレマスブレザレン運動のリーダーです。

未来の反キリストと、それにもう1つ曲がった教えをつけたしたのです。

この人が、イエシュアの再臨は2つのステージに分かれた、別の時に

起こるものであると、聖書とは真逆なことを主張しました。

最初の再臨は、秘密裏の軽挙と言います。7年の患難時代の前に、

クリスチャンが秘密裏に天に引き上げられるという、聖書にない思想〜空想〜希望?を語りました。

そして、2回目の再臨は、キリストが地上に王国を築くため、人々が

皆知る形で再臨されるという思想を主張しました。

このダービー教とも言える、人造思想がアメリカに伝えられ、そして多くの人々に受け入れられ、特に、聖書を教える教師、牧師に多大に支援され受け入れられた行ったのです。

これらは、聖書ではない、ダービーの思想であり、聖書に根拠も何もない教え!!!ミトラ教の教えと同じ、人間が編み出して考えた

教えを、神の言葉、教えであるが如く人に語り、人を騙し、ズレの

道へ誘い洗脳していったのです。

このダービーの思想が、1909年、スコッフィールドにより、

聖書の中に、1節ずつ、ダービーの非聖書的思想の註解を書き込んだ

註解聖書を出版して、それが爆発的にアメリカで流通してしまったのです。その結果、この非聖書的思想を書き込んだ書、聖書とタイトルがある書を聖書であると信じて買って読んだ人たち、特に神学校の

教師たち、牧師たち、が、これを聖書だと信じ込み、未来に牧師、

教師になる人々の間にダービーの思想、聖書とは異なる教え、思想を教え、浸透させていってしまったのが20世紀のアメリカでの出来事なのです。

だから、クリスチャンの間では、軽挙されて、クリスチャンは秘密裏に消えて天に戻る。キリストが2回再臨される、どちらも聖書には

記されていないことを、聖書だと、これもユニバーサルミトラ教

異教の神々の教え混じりの教えが聖書と信じ込まされている上に

さらに別の教えを刷り込まれ、ズレた聖書解釈が暴走して行ったのです。

無数の書物、説教、近年では「レフトビハインド」の映画のように

偽物の教えが聖書であると人の間に、山火事の火のように伝わって

行ってしまったのです。

このような非主流〜聖書とは異なる教えが、大人気、大衆の支持を得て信奉される教え、教理に変身していったのです。

この教えは、聖書、神の教え、イエシュアの教えから来たものではありません!使徒達もこのような教えもしない、初代イエシュア信者たちもこのようなことを考えてもいない。

人間により創作された教えなのです。歴史の中で形作られ、人間の

理屈〜聖書とは何も関係のない解説です。

イエシュア、使徒達が教えたトラーにない教え、空中軽挙でクリスチャンがこの世界から消える、2度の再臨があるとは聖書ではない。

聖書は何と再臨を説明していますか?

大嵐の風と波〜クリスチャンの中に浸透している偽の教え

多くの人は、イエシュアの再臨は秘密裏の行われると信じ込まれています。世の中の誰にも知られない方法で突然つかみ出され、消える?

イエシュアの存在は常に隠されたものではありませんでした。

再臨も、最も分かりやすい、全ての人の目がイエシュアを確認する

栄光ある歴史の中で最も輝かしい出来事となるのです。

聖書はあいまい、意味不明な再臨など語っていません。

 

黙示録1:7 見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、

ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。

また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。

しかり、アァメン。

 

このイエシュアの再臨の出来事は人の目から隠された秘密裏に行われるなどと記されていません。そして、イエシュアを信じる人が突然消えて、世の中かカオス、混乱するなど聖書のどこに書かれていますか?神話、空想、ファンタジー、人間の教えに簡単に惹かれて騙されていくのは、神が伝える神の言葉にしっかり立たないからです。

誰もが目撃する、誰もがイエシュアの再臨をはっきり知る!全ての人がこの再臨の輝かしい、歴史の中の一大イベントを目撃し、体験するとあります。そして、それは秘密裏、密かに行われるのではない!とあります。

天の御使と、ショーファーの音と共に、天がそのまま降りてくる。

 

1テサロニケ4:16 すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、

4:17 それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるで

あろう。

 

天と地を揺るがす、神の声、ショーファーの音、王の王が到来したことを告げる音。誰もがこの出来事を知り、目撃する。

眠ったまま見逃す人はいない。そして、気がついたら、自分の周りから人々が消えていなくなっている、そんなことは聖書に書いてありません。

誰もがはっきり知る、イエシュアは栄光に包まれて全世界が知る形で

再臨されるからです。

 

マタイ24:27 ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。

 

再臨は、公に、皆が目撃し、栄光に満ちたものになる。

この箇所、シナイ山で神の栄光、角笛、神の声、雷、いなずまが

光った出来事、天がそのまま降りてきて、人々が神の声を聞いたこととヘブライ人なら繋げられるでしょう。

 

 

続く