聖書=神の言葉と、聖書=神の言葉ではないのに神の言葉とされてしまう人の思想 | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエスさまの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

続きです。

スコッフィールドは、聖書教師としての資格もなく、そして資金もなかったので、その後スコッフィールドは12年間、マサチューセッツ州、イースト ノースフィールドのDLムーデイとの関係を築き11年間過ごすのです。

このムーデイもダービーの教えを高く買っていた人です。

ムーデイはプリマスブラザレン教団のビジネスマン達と繋がりがありました。

 

1901年、スコッフィールドは、聖書カンファランスのサークルで長老として認識されるのです。ここでアロノ ゲーブラインと出会うのです。ゲーブラインは、1901年シーククリフ聖書

カンファランスを始めます。この聖書カンファランスでは、

ダービーのデイスペンセーション神学思想、空中軽挙以外を

話してはならないと言う前提の、聖書カンファランスではなく、人の思想を語るカンファランスが行われてしまいました。

 

そこでスコッフィールドが、デイスペンセーション神学を語り、そして他のグループの間でもスコッフィールドがデイスペンセーション神学を語る機会を与えられたのです。Aゲーブラインと

スコッフィールドは同じ様にデイペンセーション神学を信奉していたので、スコッフィールドが、ゲーブラインに、デイスペンセーション神学思想を聖句の横に書き記す、注解書なる聖書を出版する考えを相談したのです。

 

人の思想=デイスペンセーション神学注解書を聖書と言う名に

変装させた書を出版するに当たり、ゲーブラインにダービーの

注解書を紹介した、ブレザレンのビジネスマン達が資金提供をしたのです。ボール氏と、ピエリ氏の二人はダービー思想を心底

信奉する人々であり、この思想が世の中に浸透する事を何より願いスコッフィールドのパトロンとなり資金援助協力をしました。

ダービーの思想が浸透する事を願う人達であったので、ビジネスマン達がスコッフィールドの執筆と、その生活の資金をサポートしたと言う経緯があったのです。

 

その結果、アメリカで1902年に世の中に出版されてはならなかった注解書聖書が出版され、30年間の間に、200万部の

スコッフィールド注解聖書が売られてしまったのです。

これが一家に1つの必需品として皆が所有し、アメリカの神学校でもこの人造思想を教師達がこぞって買い、信奉し、聖書教師達が聖書ではなく、ダービーの思想を学び、神学校の講壇から聖書ではなくダービーの思想を未来の牧師、聖書教師達に教えられてしまい、聖書ではないダービーの思想が爆発的にアメリカに、

世に浸透して行く事になってしまったのです。

 

よくよく注意して考えれば分かる事があります。聖書教師、牧師だからと言って、全ての教師が聖書を正しく学び、理解していると言う事ではないと言う事実があると言う事を知っておく必要があります。教師をみわけて選べ!です。ある部分は聖書が語る

真理、ある部分は真実と偽物が混じる教え、ある部分は完全に

聖書ではない教えを教えているからです。気が付かないまま。

 

異邦人の世界では、神の言葉を差し引いて創作された宗教〜

1世紀後半から、ユダヤ人の群れと神の永遠の教え=言葉=契約=トラー=聖書=に記された教えから完全に離れて、何が行われて来ましたか?

歴史の途中で起きた事と同じ、人の思想を神の言葉、教えの中に

混ぜて取り入れ、神の言葉の方を却下し、別の教えを作り出し取り入れ続けて来たのです。だから、神の言葉をどの箇所も曲げたり、歪めたり、削除して考える場合には、その時点で既に神の

言葉を正しくなど理解出来なくなる道を敷いてその上に乗って

考えていると言う事に気がつかないとなりません。

 

神の言葉はクリスチャンの世界の人の思想=神学を通して教えられる様な、歴史の途中で神の言葉や神の性質は進化、変化など

しないのです。神の言われた言葉が聖書に書いてあるでしょう?

どうしてそれが読み取れないのか?それは神学思想と、そして

不適切な聖書翻訳、人造用語、そして、この様に人の思想を通して聖書を注解している〜神の言葉は廃れて変化、今はどれでも確信もつ事を生きるなどと、聖書に書いてない解説をしているから、神の永遠不変の真実、言葉が見てこないのです。

 

聖書には、旧約聖書=古い、新約聖書=新しい別の教えなんて

ありせん。そのタイトルページこそが人の思想により作られた

人造思想ページであり、マルキオンやダービーの思想から作られたページなのです。

それ挿入するのをやめるだけで、変化が起きます。聖書は1つであり、前後左右全部同じ教え=トラー=父の教え=モーセの五書しか記されていないからです。そう思わないでしょう?

クリスチャンは。

どうしてですか?聖書を歪めて解説する教師の話を聞き続けてそう信じているだけなのです。

 

人が書いた書物や学校の教科書は書いてある意味通りに読むのに、聖書は、人の思想を通して書いてあってもその意味通りには

読む事をしていないと言う謎に気が付いたら良いのです。

 

アーヴィンの集会で、18歳の少女、マーガレット マクドナルドが2時間以上も続くトランス状態=ハイ状態、催眠状態の様な正常な意識状態ではない中で預言した事を、神からのお告げであ〜るなどと、聖書に根拠のない幻を真に受けて、その思想を

ダービーも取り入れた、これだけでも彼の思想神学は聖書ではないと気が付いた方が安全です。

肉にアピールする教え、隠されていた神の教え=聖書に記さられていない教えが、誰かの口や思想を通して語られる危険、聖書に

根拠のないものは、神から出たものではありません。

これ説明が必要ですが、個人個人日々の生活の中で神に教えられたり、疑いの余地なく神が介入している経験は誰でもします。

それは個人個人への神の助けであり、全人類に取り、再臨と言う様な共通の出来事が、秘密に隠されて、聖書にも書かれていない3度も再臨があるなど、クリスチャンだけが天にあげられる。

現実逃避思想。自分だけは苦しみたくない〜。自己中思想。

 

永遠にイスラエルと、異邦人は2つ分裂した別々の家族であるなど、嘘です。聖書にはその逆が書いてあり、神の性質と、神に造られた人の性質と全く反したダービーの空想話を聞かされて、

1900年代、多くの教師、牧師達がそんな教えに騙されて行った事実を考えてみる必要があります。

 

肉にアピールする教えはたくさんあるでしょう。アメリカでも

今、無数に偽教師は居て、見ただけでも変だと分かる様な事を

様々にやっています。それは神の言葉に根付いて落ち着いて生活するより、人の思想を刷り込まれ、お金をたくさん集めて、祈りをします、奇跡が起きます、あのてのこの手ありますが、

聖書とはかけ離れた事を教えているものなのです。

それは極端な例ですが。

 

 

続く