神の子らは全世界の中で再臨を知らせる目覚ましコール”叫ぶ日”を与えられている ヨム テルア  | "永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

"永遠の中から” 私たちは どこから 来たのだろう?

何の始まりもない 永遠の時から
主ご自身のみが 存在していた
懐かしい 故郷 エデン

全く一つ、エハッドであるイスラエルの神
イエシュアの永遠の完了の業で、救われて
新しい人として生きる ヘブライ語原典聖書
からの発見記録

アヴラハム、イサク、ヤコブ、イスラエルの神、全世界の創造主

である方が造られたオリジナルであり、”永遠に祝われるわたしの記念日”と紹介している記念日はレビ記23章に書かれた日であり、それは永遠不変です。イエシュアが再臨され、ミレニアム

が到来したら全世界がレビ記23章を祝い、神の教え=トラーを

生きる様になると聖書には預言されています。

 

創世記1:14 神はまた言われた、「天のおおぞらに光があって

昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、

年のためになり、

 

天の万象=光が造られた理由が最初に記されています。

オート=印 ラオート=印となるため

何の?季節と訳されているヘブライ語の言葉は、モアデイム=

神の定めの時=記念日、祭りを意味するものでありそれらの印として天体が造られたと書かれています。

לְאֹתֹת֙=ラ オート
מ֣וֹעֲדִ֔ים=モアデイム

そして、神の記念日は証であり、繰り返す=一年を巡り生きる
神との会見の場所=神の時の中に神の子らが入り、
神と神が創造された祝賀記念日=神の子らである独特な印である特別な時を祝う!その目的のために作られたと書かれて
います。

父である神が子供らを皆呼び出し、集めて、神と共に特別な
祝い日を設けている事が聖書には書かれているのです。

 

秋の祭りの初日は、ヨム テルアです。

2021年9月6日、月曜日の日没から始まります。

この日は聖書の暦の第七の月1日であり新月の日です。

 

古代は新月が現れるのを見て祭りの日を決めたのですが、

新月の最初は真っ暗でその確認ができないので2日間を取って

いますが、今もイスラエルでも海外でもそれをしています。

 

トラーでは、”ヨム テルア”とは、”叫ぶ日”と呼び、

又は”ヨム ハ ジカロン”=”覚える日”と記されています。

聖書では”新年=ローシュ ハ シャナ”とは呼ばないものです。

タルムード時代まではこの呼び名はされていませんでした。

伝統的にイスラエルではこの日を”ローシュ ハ シャナと

呼んでいます。

ローシュ ハシャナとは、エゼキエル40:1から取られた

ものです。

 

ユダヤ暦では4つの新年と考えられるものがあります。

 

1 ニサンの1日 神の祭りのサイクルの始まり 

聖書の第一の月 春の祭り

2 エルル 一日 動物を捧げる新年

3 テイシュリ1日 年を数える。7年目のシュミタ年

  ヨベルの年、シュミタ年の7年を7回繰り返した後の年

4 シヴァット15日 トウ ビシャヴァット 果実を捧げる

 

 

ヨム テルアには、ショーファを鳴らします。

この日から10日の間、大贖罪日に向けて、自分の歩みを

神の言葉に照らし合わせて軌道修正する事をします。

”悔い改め”と言う翻訳用語を使いますが、聖書の悔い改めと言う

意味は、”神の言葉=教えからずれている事全てを神の教え通りに戻す!神の教えに戻る!と言う行為を表すものです。

”テシュヴァー”と言う言葉です。

 

悔い改めと聞くと、ごめんなさいと神に言って謝る。

イエスさま信じますと言う事であると教えられます。

そしてその後、神の教え=トラーに書かれたオリジナルの人間の性質、生き方に軌道修正をして生きることに戻る!と言う生きる上での一番大事な中核部分がクリスチャンの世界では語られません。

その理由は、神の教え=トラーに書かれた深い教え、意味は現代では終わり!と言う人の教えを信じて、神の言葉を退けて

神の言葉の大元をしっかりと学ぶ機会がないからです。

聖書は殆ど福音書以降に書かれた短い言葉を読を読む事しか

しないのが普通であり、モーセの五書その他預言書や諸書の箇所などは満遍なく読むのではなく、数節取り出して読むと言う読み方です。福音書〜黙示録=トラー、預言書の短い解説でしか

ないのです。福音書〜黙示録に書かれた内容の大元の詳細は

トラー=モーセの五書に書かれており、預言書、諸書はモーセの五書の解説だからです。

つまり福音書以降だけ読む、聖書の聖句を取り出して読むと言うことは、本の中身を読まないで、最後の”後書き”

である短い解説だけ読んでいると言う事なのです。

 

自分の生きる内容全てに於いて、どの領域でも神が伝える教え

インストラクションからずれているなら、それは軌道修正が必要なのです。それには、神の教え、インストラクション=トラーに

何が書かれているのか知っている!と言う事が必要必須。

鏡=神の言葉、教えに照らし合わせて本来の自分と、ずれている部分を見ない限り神の教えに沿う事では無い、自己流の軌道修正になってしまうからです。

 

今日の角笛を吹く日は、どんな事をするのでしょう?

以前書いた記事です。下矢印

ヨム テルアの祝い方 食べ物など


角笛の音を聞く民は幸い

角笛の吹き方。

色々な動画でショーファーの吹き方を載せています。

いくつか載せてみます。下矢印

 

ショーファの吹き方 種類

ショーファの音 

 
ショーファーを吹く場合がどんな時か聖書に書かれています。
前回の記事でその箇所を書いてみました。
 

ヨム テルアは、”目覚ましコール!!!”神の教えからズレた

状態=外れた状態=眠った状態から、神の声の真実へ

”目覚めよ!と言う目覚ましコールでもあるのです。

再臨があり最後の審判がある!

その事実とも重ねて、自分は何を生きて来たか、生きているのか

そして個人個人だけではなく神の民民全て共に全員で神の前に

立つリハーサルがヨム ハキプリーの記念日でもあります。

 

油を手元に持ち生きていた5人の花嫁とイエシュアがされた

たとえ話にある通り、神に言われた事=神の教え、

インストラクション=トラーに根付いて生きていた5人=5とはモーセの五書を表すものでもあるのです。

眠っていた5人=油が手元にない。神の教えを実生活で日々

神の言葉に根付いて生きていなかった5人として、

この最後の時を迎える、花婿を迎える時の状態を表しているのが

10人の乙女のイエシュアのたとえ話なのです。

子羊の婚礼を迎える!仮庵が来る!

どの状態で生きていますか?神の教えを捨てて眠った状態か、

神の教えに根付いて神の言われる事に注意を払い、内側に神の

油=霊=トラーを生きているのか?それが1世紀のユダヤ人の

耳に響いたイエシュアからの警告なのです。

 

聖書に書かれた再臨、最後の審判、そしてイエシュアが統治する

ミレニアムに入る!その事実を知る人たちは、神の祭りを

通して、一年に渡り、繰り返し繰り返しリハーサルを通して

預言的神の創造された祭りを祝う、これが神の祭りの性質、

デザインなのです。

 

神の声を表すショーファの吹き方はこの様になります。

 

テキア テルア テキア

 

テキア シェヴァリム テキア

 

テキア シェヴァリム テルア テキア

 

テキアとは、長〜い一息で吹く吹き方です。

シェヴァリムとは、三回の短い吹き方、

テルアは9回のスタッカート=切って吹く奏法

 

トラーには何回吹きなさいとは書かれていませんが、

伝統的にこの様な吹き方をします。

レビ記25:9 23:24 民数記29:1

 
レビ記 23:24 「イスラエルの人々に言いなさい、
七月一日をあなたがたの安息の日とし、ラッパを吹き鳴らして記念する聖会としなければならない。
25:9 七月の十日にあなたはラッパの音を響き渡らせなければ
ならない。すなわち、贖罪の日にあなたがたは全国にラッパを
響き渡らせなければならない。
 
イスラエルと書いてあるからイスラエルだけの祭りさ!と
クリスチャンの世界で教えられていますが、それなら異邦人は
イエシュアとは全く関係がない!と言う非聖書的教えを解説している事に気がついてください。
イエシュア=ユダヤ=イスラエル!です。
イエシュアに属する人は誰でも神の国=イスラエルなのです。
イスラエルとはイスラエルの神の大家族の苗字です。
誰でもイエシュアを信じるならば、その人はイスラエルの神の
家族であり、イスラエル!と説明されているのが聖書の事実です。
イスラエルの神の同じ家族メンバーは神の創造された記念日を
祝う!と書いてあるのです。
イスラエルの中に住む、異邦人も、使用人も家畜まで全て止まり
神の記念日を祝う!と書いてあるのです。
 
エペソ

2:10 わたしたちは神の作品であって、良い行いをするように、キリスト・イエスにあって造られたのである。神は、わたしたちが、良い行いをして日を過ごすようにと、あらかじめ備えて下さったのである。

2:11 だから、記憶しておきなさい。あなたがたは以前には、

肉によれば異邦人であって、手で行った肉の割礼ある者と称せられる人々からは、無割礼の者と呼ばれており、

 2:12 またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。

2:13 ところが、あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いもの=神の中に引き寄せられた者!となったのである。

2:14 キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、

2:15 数々の規定から成っている戒めの律法=ラビ達が編み出した異邦人と隔たりをも作っていた様々な教えを廃棄したので

ある。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人

造りかえて平和をきたらせ、

2:16 十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。

2:17 それから彼は、こられた上で、遠く離れているあなたがたに平和を宣べ伝え、また近くにいる者たちにも平和を宣べ伝えられたのである。

 

異邦人もかつてはイエシュアを知る前は、神のトラー、契約の

命の生き方やイスラエルという国からイスラエルの神の国から

遠く離れていたと書いてあります。

でも誰でもイエシュアを信じるなら神の中に引き寄せられてた

イスラエルであると書かれています。

 

ハグ サメア  シャナ トヴァ!